日産婦医会報(平成23年3月号)

子どもの虐待予防は妊娠中からの支援が重要

大阪府立母子保健総合医療センター企画調査部長 佐藤 拓代

 筆者は、小児科・産婦人科・新生児科の周産期医療に10年 携わり、その後保健所を中心に約20年公衆衛生に従事してきた。 母子保健の課題は、栄養・感染症予防の時代から 発達障害の時代になっていたが、大阪府の保健所で出会っ たのは子どもの虐待であり、今や親子のこころの問題・虐 待予防は母子保健の最重要課題と言える。

虐待死亡事例から見る周産期の問題

 厚生労働省は、社会保障審議会児童部会児童虐待等要保 護事例の検証に関する専門委員会で毎年死亡事例の背景を 報告している。初めての検証報告の第1次報告(平成17年) では、乳児が44.0%であり、妊娠期・周産期の問題として は「若年の父親または母親」のみがとりあげられ4.2%(全 数に対して)であった。平成22年7月に出された第6次報 告では、乳児が59.1%と増加し、しかもそのうち新生児が 66.7%を占め、「望まない/計画していない妊娠」「母子健 康手帳未発行」「妊婦健診の未受診」が31.3%、29.9%、 31.3%に把握されていた。出生した当日に死亡した事例で はさらに68.8%、75.0%、81.3%と2倍以上に把握されて おり、胎児をケアしない胎内からのネグレクトは生まれた 子どもの存在も受け入れることができないとも考えられ る。虐待死亡を防ぐためには、これらを把握し支援につな げる仕組み作りが必要である。

両極端の妊娠に至る状況

 人口動態統計特殊報告によれば、結婚期間が妊娠期間よ り短く生まれてくる子ども(いわゆる“できちゃった婚” または“おめでた婚”での出生)は、昭和55年には8人に 1人であったが平成12年以降は4人に1人以上であり、年 齢階級別では十代で10人中8人がこの状態とされている。 かたや体外受精・胚移植等の高度不妊治療により生まれて くる子どもは約2万人であり、わが国の出生の55人に1人 となっている。若年の結婚は離婚率が高くDV も多いとさ れ、経済状況が不安定なままに子育てをしている状況がう かがわれ、不妊治療によりようやく子どもを授かった母親 も、イメージと違い実際の子育てに困難を感じていること があるなど、どちらも支援が必要であることが多い。

虐待の予防

 大多数の親子に接することができるのは、出産をする医 療機関、乳幼児健診を行う保健機関、そして学校である。 しかし、就学年齢をすぎると、すでに虐待が始まっていた 場合、子どもに虐待による情緒行動問題が見られ、親子の 生活は虐待関係で定着してしまい、なかなか改善しにくい。 就学前にすべての親と子に関わる場面で虐待を予防する働 きかけを行う必要があり、すでに乳幼児健診は子どもの疾 病と発達の問題の把握に加え、子育て支援と虐待予防が大 きな目的となった。さらに、平成19年度からこんにちは赤ちゃん事業(開始当初は「生後4か月までの全戸家庭訪問 事業」、平成21年度から児童福祉法に「乳児家庭全戸訪問 事業」として位置づけられた)が開始され、より早期の支 援が行われるようになってきた。
 しかし、親が子どもを受け入れるプロセスを考えると妊 娠中から経済問題や婚姻関係等の家庭基盤、自分の親との 関係、子どもの愛着形成等の問題を把握し、適切に支援を 行うことが重要である。母子健康手帳を発行する市町村で は、発行時期が遅い、あるいはひとり親等の虐待のリスク が高い状況を把握し、家庭訪問による親を育てる支援を行 う必要がある。医療機関も妊婦健診受診回数が極端に少な い、飛び込み分娩、支援者がいない、親の出産後の子ども の受け止めが悪い等から、保健所や保健センター等の家庭 訪問できる機関に躊躇せずに情報提供をしていただきた い。すでに海外では、初産婦、十代、未婚、経済的問題を 合わせて持つ母親に妊娠中から頻回の家庭訪問を2歳まで 行い、2年後、3年後、15年後とコントロール群に比して 有意に虐待が減少したという報告がなされている(Olds. 1986,1999,2002)。
 性行為・妊娠・出産は自分の親との関係を振り返る時期 である。虐待の連鎖を予防するために、この当たり前のことに眼を向け、 自分の親との関係に気づいてそれを乗り越 える支援を我々は今こそ行わなければならない。