日産婦医会報(平成23年8・9月号)大震災での通信系ネットワークの重要性
岩手県立大船渡病院副院長 小笠原 敏浩
はじめに
岩手県立大船渡病院(以下、本院と記す)は県南部太平洋岸にあり、大船渡市、陸前高田市、住田町の2市1町(人口70,929人)を医療圏とするセンター病院である。本院は岩手医療情報ネットワーク“いーはとーぶ”を利用した2市1町村保健師との地域連携ネットワークシステムを構築している。全国に先駆けて本ネットワークを利用した妊婦見守りシステムを推進してきた。平成23年3月11日午後2時46分に地震・津波に襲われたが、高台にある本院は病院機能を残した。
直後の遠隔搬送−平成23年3月11日〜平成23年4月10日−
1次災害・2次災害に備えて患者を内陸へ搬送し空床を
増やす方針をとり、1カ月間の総搬送数は148人で、うちヘリコプター搬送が23人であった。災害派遣医療チーム
(DMAT) と搬送コーディネートチームが遠隔搬送を行っ
た。しかし、外部との通信は院内衛星電話1本のみで、周産期部門(産婦人科・小児科)の搬送先コーディネートも
本院の搬送コーディネートチームとDMATに依存するこ
とになった。産科もハイリスク分娩やハイリスク新生児の出生が予想される場合や緊急性の低い帝王切開が必要な場合は搬送するようになり、緊急搬送した症例はヘリコプ
ター搬送2例、救急車搬送6例の8例であった(双胎1例、
切迫早産1例、子宮頸管無力症1例、微弱陣痛1例、胎児
機能不全1例、帝王切開予定2例、分娩予定日超過1例)。
緊急搬送した8例中3例がさらに他病院へ移送されてい
る。
これは、通信系がダウンしていたため、搬送先コーディ
ネートに産婦人科医師が関われず、従来の周産期システムが稼働しないため混乱が生じたものと推定される。
大震災時下の他施設受診妊婦の問題点
通信系がダメージを受けている状況で妊婦の不安が大き く “県立病院では妊婦健診が受けられるだろうか?” “内 陸に避難していた方がよいだろうか?” と考え、病院の診療状況がわからずに不安になり、紹介状を持たずに内陸の病院を受診した妊婦もいる。震災後1カ月間に他院を受診 した妊婦は32人で、うち紹介状を作成した妊婦は17人 (53.1%)で15人は紹介状を持たずに他院を受診している。 紹介状を持たずに受診した場合、妊婦健診の経過、検査結果を確認できるのは母子健康手帳か妊婦見守りシステム “いーはとーぶ”のみである。紹介状を持たずに受診した 妊婦の中には母子健康手帳を津波で流された妊婦もいた。
大きな被害に見舞われた陸前高田市と“いーはとーぶ”
陸前高田市(以下同市と記す)は大地震発生から約40分で津波になめ尽くされ、市役所にある住民情報や妊婦情報が失われた。ここで奇跡が起こった。本院の助産師・医療 クラーク・同市の保健師が岩手県周産期医療情報システム “いーはとーぶ”に入力してきた妊婦情報のデータが盛岡市にあるサーバーに残っていた。このデータを同市に提供できた。これにより同市は妊婦の安否状況・避難状況を把握し保健指導を行った。妊婦見守りシステム“いーはとー ぶ”が災害に強いシステムであることが実証された。 母子健康手帳が流された妊婦が紹介状なしで他院を受診 した場合にも妊婦見守りシステム“いーはとーぶ”にある妊婦情報を共有できる。さらに震災に強い“いーはとーぶ” を構築していきたい。
母子健康手帳の交付業務の代行と再発行
同市が保健センター機能を失ったため、本院では母子健康手帳の発行代行も請け負った。また、津波で母子健康手帳を失った妊婦23人に再交付した。その内訳は現在妊婦健診通院中13人、既に出産した子供の分が17人であった。同 市は現在“いーはとーぶ”に入力してあったデータをもと に母子健康手帳の再発行を行っている。
まとめ
災害時にも従来の周産期搬送システムを運用できる体制 のためには大災害に強い通信系の確保、特に周産期情報シ ステムの確立が重要である。また、災害時には岩手県周産 期医療情報システム“いーはとーぶ”のサーバーにある妊 婦情報が有用であったことが明らかになり、今後も大災害 時にも強いシステムに改良していきたい。