第1回 コロナ禍で性感染症は増えている!
2019年に発生したCOVID-19によって社会は大きく変容した。同じ新興再興感染症の中にもその影響が及んでいる。たとえば、インフルエンザウイルス、RSウイルス、ロタウイルスなど疾病発生数を国が把握しているウイルス疾患は、これまでに類を見ないくらい発生動向が地を這っている。マスクや手指消毒の効果であることは間違いない。コロナ禍での徹底した標準予防策によって、ここまで市中感染症が予防できることを、国家規模で証明していると言っても過言ではない。
それでは、性感染症はどうであろうか?性感染症はコロナ禍で増えている。米国でも同様である。米国の疾病対策センターCDCのWebsiteに下図のようなグラフが掲載されている。
コロナ禍となった2021の性感染症の発生動向を見ると、クラミジア、淋菌、梅毒、先天梅毒のすべてが増加している。中でも梅毒は急増している。クラミジアも減少傾向にあったものが2021年から増加に転じている。
日本では、性感染症は5類感染症の定点把握を行う感染症の位置づけとなっている。そのため、性感染症の発生動向を算出するのに時間を要し、年次推移が公表されるのは2年後となってしまう。現時点では、令和1年(2019年)までの発生動向であり、コロナ禍での実態は見えてこない。しかし、国立感染研や、厚労科学研究(三鴨班)の資料からは、コロナ禍となった2020 年以降、日本国内でも性感染症全般的に増加していると言われている。
性感染症の中で、梅毒とHIVだけは全数把握を行う感染症であることから、最新の発生動向をリアルタイムに見ることができる。梅毒が世界的に流行していることは、最近、よく報道されている。梅毒の流行は40-50年に1回のペースで起こると言われている。今回の流行が始まったのは2013年である。海外と同時に梅毒の流行が始まっているが、日本国内で流行している梅毒の遺伝子型は欧米型が多く、中国で流行している型とは限らない。また時期的にも中国から輸入されたとは言えないことが研究班から報告されている。
今回の流行は、2013年から始まり、2018年をピークとして減少傾向に転じていた。しかし、2019年からのCOVID-19の蔓延によって2021年から再び増加に転じてしまった。そして2022年にはついに年間感染者数が10000人を突破してしまった。女性は2012年までは年間200-300人しかいなかった梅毒感染者数が、今年は3000人を突破している。下図は、女性の梅毒感染者数である。
2022年上半期までの推移であるが、この後も増加し続けている。まさに、コロナ禍と梅毒増加がリンクしていると言わざるを得ない。これは米国と同じ現象が日本でも起こっているのである。梅毒はほぼ100%性行為感染であることを考えると、他の性感染症も同様にコロナ禍で増加することは容易に想像できる。今後、米国CDCと同じグラフが日本からも出てくるであろう。
では、どうしてコロナ禍で性感染症が増加するのだろうか?呼吸器感染症がマスク、手指消毒によって激減したこととあまり対称的である。コロナ禍だとコンドーム使用が増えることはないとしても減る理由にもならない。つまり、性感染症の感染予防策の問題ではない。行政が行っている梅毒の全数把握の調査の中で、感染経路や職業(性産業従事者の有無)などを調べている。女性の感染者が急増した理由として、性産業従事者の感染者も一定数見られるが、そうではない女性の異性間性交渉による感染者も急増している。しかも、女性の梅毒感染者の約75%は20-30歳代である(男性は20-50歳代まで満遍なく分布)。若年女性の性行動の変容が、梅毒流行の要因となっていることは間違いないであろう。現代のネット社会の中、マッチングアプリで出会った異性との安易な性交渉や若年女性の経済的貧困など社会問題ともつながる。それらの行動が、コロナ禍で拍車をかけることになったとの見方がある。
この梅毒の流行を食い止めるためには、産婦人科医が通常診療の中で梅毒が身近な疾病であることをもっと認識し、適切な診断、治療を施さなければならない。そして、産婦人科医が中心となって、若年女性への梅毒の啓発や、性感染症全般に対する教育を社会として進めるべきであろう。
次号では、梅毒に焦点をあて、診断、治療、そして先天梅毒について概説したい。