11.生殖補助医療(ART)
1. ARTの定義
生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)とは、「妊娠を成立させるためにヒト卵子と精子、あるいは胚を取り扱うことを含むすべての治療あるいは方法」である。一般的には体外受精・胚移植(IVF-ET)、卵細胞質内精子注入・胚移植(ICSI-ET)、および凍結・融解胚移植等の不妊症治療法の総称である。
配偶者間人工授精(AIH:artificial insemination with husband’s semen)や非配偶者間人工授精(AID:artificial insemination with donar’s semen)は除外する。
2.ARTの歴史(表1)
1978年7月25日にRobert Edwards とPatrick Steptoeによって世界初の体外受精児、Louise Brownがイギリスで誕生した。
哺乳類における体外受精研究の歴史は19世紀までさかのぼることができるが、実際のIVF-ETの成功はウサギに始まる1950年代からであった。ヒトのIVF研究も1940年代から開始されたが、臨床応用は1971年のEdwardsらの試みが最初であった。以降数々の失敗を重ねて1978年に成功に至った。
Edwardsらの体外受精児誕生を受け、1979年にはオーストラリア、1981年にはアメリカで、1982年以降はヨーロッパ諸国において次々と成功例が報告された。我が国では1983年、東北大学における第一例に始まり、顕微授精法や凍結胚・融解胚移植など世界有数のART大国になってきている。日本産科婦人科学会の統計によれば、2017年7月のART登録施設数は607で、1年間(2015年)の出生児数は5万1001人に上っている。小産・少子化が進行するなか、約20人に1人はART児となっている。
高度男性不妊は体外受精をもってしても解決できない問題であった。卵子内に精子の侵入を促す方法として、透明帯切開(partial zona dissection:PZD)や囲卵腔内精子注入法(subzonal insemination:SUZI)が開発されたが、運動精子の存在を必要とした。1992年、Palermoらが1匹の精子を用いた卵細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)を開発し、現在では精巣上体精子吸引法(microsurgical epidymal sperm aspiration:MESA)や精巣内精子回収法(testicular sperm extraction:TESE)などとともに、ARTの主流をなしている。
表1.ARTの歴史
1978年 | 世界で初めてヒトのIVF-ETで妊娠・分娩に成功 | Steptoe & Edwards |
---|---|---|
1980年 | オーストラリアでIVF-ETによる妊娠・分娩に成功 | Lopata et al. |
1981年 | 米国でIVF-ETによる妊娠・分娩に成功 | Jones Jr. et al. |
1983年 | 日本でIVF-ETによる妊娠・分娩に成功 | 鈴木雅洲ほか |
1988年 | MESAで獲得した精巣上体精子による妊娠・分娩に成功 | Patrizio et al. |
SUZIによる妊娠・分娩に成功 | Ng et al. | |
1990年 | 胚ガラス化凍結後移植による妊娠・分娩に成功 | Gordts et al. |
1992年 | ICSIによる妊娠・分娩に成功 | Palermo et al. |
1995年 | TESEで獲得した精巣精子による妊娠・分娩に成功 | Devroey et al. |
3.ARTの適応
体外受精の適応については、日本産婦人科学会のガイドラインに “本法はこれ以外の治療によって妊娠の可能性がないか極めて低いと判断されるもの、および本法を実施することが、被実施者またはその出生児に有益であると判断されるものを対象とする” と規定されている。IVFとICSIの個別の適応を表2に示す。
表2.IVFとICSIの適応
VFの適応
1) 卵管性不妊症(両側卵管閉塞)
2) 男性不妊症
3) 免疫性不妊症 (精子不動化抗体強陽性)
4) 原因不明不妊症
ICSIの適応
1) IVFによる受精障害
2) 精巣精子あるいは精巣上体精子
学会も以前はARTの適応を厳格に規定していたが、現在はARTの普及を受けて相対的に決定されることが多い。
それゆえ一般不妊治療やAIH、手術療法などで治療可能な症例であってもARTに進むケースがある。それが患者と十分に話し合い同意したものであればいいが、来院患者すべてにオートマチックにARTを進めるようなことがあってはならない。
1.本法はこれ以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断されるもの、および本法を施行することが、被実施者またはその出生児に有益であると判断されるものを対象にする。
2.実施責任者は日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医であり、専門医取得後不妊症診療に2年以上従事し、日本産科婦人科学会の体外受精・胚移植の臨床実施に関する登録施設において1年以上勤務、または1年以上研修を受けたものでなければならない。また、実施医師、実施協力者は、本法の技術に十分習熟したものとする。
3.本法実施前に、被実施者に対して本法の内容、問題点、予想されるせいせきについて事前に文書を用いて説明し、了解を得た上で同意を取得し、同意文書を保管する。
4.被実施者は挙示を強く希望する夫婦で、心身ともに妊娠・分娩・育児に耐えうる状態にあるものとする。
5.受精卵は、生命倫理の基本に基づき、慎重に取り扱う。
6.本法の実施に際しては、遺伝子操作を行わない。
7.本学会会員が本法を行うにあたっては、所定の書式に従って本学会に登録、報告しなければならない。
4.ARTの合併症
①OHSS(卵巣過剰刺激症候群)
排卵誘発剤の使用により卵巣が過剰反応を引き起こし、卵巣腫大・血液濃縮・腹水・胸水の貯留を認め、重症化すると生命を脅かしかねない疾患である。一般不妊治療で使用される経口排卵誘発剤(クロミッド)では2.5%の割合で発生するが、体外受精などの過排卵誘発法では6.6%〜8.4%と高くなる。わが国における入院をを要するほどのOHSS発症頻度は0.8〜1.5%であり、危機的状況に陥った最重症型のOHSSの頻度は10万人あたり0.6〜1.2人と報告されている1)。PCOSや、卵胞数、採卵数が20個以上で卵胞ホルモン(E2)が3000pg/ml以上などがリスクファクターとなる2)。
②異所性妊娠
胚移植において、子宮腔内で移植した胚の一部が卵管腔内に入るが、生理的な卵管の機能によって子宮腔内へ戻って着床する。頻度は胚移植して妊娠した症例の1〜3%となり、症例の90%は卵管因子や既往に子宮外妊娠がある人である。
卵管要因によるART治療周期における異所性妊娠発生率に関して、卵管因子を有する場合は7.0%、卵管因子を有しない場合は0.6% と差があることが報告され卵管の病変が重要である3)。また、初期胚と胚盤胞移植と異所性妊娠に関する報告では、D3 移植では2.1% 、D5 移植では 1.6% Risk ratio 0.71 (95% CI 0.46-1.10 )と胚盤胞移植で有意に異所性妊娠が低い4)。
さらに、新鮮胚と凍結融解胚の異所性妊娠に関しては、部位特定できた異所性妊娠において、新鮮胚では1.5% 、凍結融解胚では0% と報告されている5)。
卵管水腫がある人は胚移植前に卵管の切除や結紮をすると妊娠率が上昇し、子宮外妊娠の発症を低下させる。
参考文献
1)生殖・内分泌委員会報告:卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の診断基準ならびに予防法;治療指針の設定に関する小委員会.日産婦誌,48:857−861,1996.
2)Navot D, Berg PA, Laufer N,: Ovarian hyperstimulation syndrome in novel reproductive technologies; prevention and treatment. Fertil Steril, 58:249-261,1992.
3)Strandell A, Thorburn J, Hamberger L. Risk factors for ectopic pregnancy in assisted reproduction. Fertil Steril 1999;71:282–6.
4)Smith LP, Oskowitz SP, Dodge LE, Hacker MR.Risk of ectopic pregnancy following day-5 embryo transfer compared with day-3 transfer. Reprod Biomed Online 2013;27:407-13
5)Shapiro BS, Daneshmand ST, Restrepo H, Garner FC, Aguirre M, Hudson C.Matched-cohort comparison of single-embryo transfers in fresh and frozen-thawed embryo transfer cycles. Fertil Steril 2012;98:1490-4