13. PARP阻害薬による新規卵巣癌治療 ―HBOC患者とJOHBOC機構―
2018年4月から卵巣癌新規治療薬としてPARP阻害薬が登場した。効能・効果として白金系抗悪性腫瘍剤感受性の再発卵巣癌における維持療法として使用することになった。
<効能・効果に関連する使用上の注意>
1.再発時の白金系抗悪性腫瘍剤を含む化学療法で奏効が維持されている患者を対象とすること。
2.臨床試験に組み入れられた患者における白金系抗悪性腫瘍剤を含む化学療法終了後から再発までの期間(PFI)等について、「臨床成績」の項の内容を熟知し、本剤の有効性及び安全性を十分に理解した上で、適応患者の選択を行うこと。
文字通り解釈すると、卵巣癌で初回治療に手術と抗癌剤による治療としてTCあるいはdd-TCを行ったあとに、6か月以上の間隔をあけて再発した場合(プラチナ感受性)に、プラチナを含んだレジメンで化学療法を実施し、奏効が得られた場合の維持療法としてPARP阻害薬を使用することになる。
HBOC患者とJOHBOC機構
現約10%の卵巣がん患者は、BRCA1/2の生殖細胞系列遺伝子変異を有するHBOC患者である。以下の事実がわかっている。
- PARP阻害薬はBRCA1/2の生殖細胞系列遺伝子変異陽性患者によく効く。
- PARP阻害薬はBRCA1/2の体細胞系列遺伝子変異陽性患者にも効く。
- PARP阻害薬を処方するのに遺伝学的検査をしなくてもいいことになった。しかし、PARP阻害薬が本当に効く患者を見つけるには遺伝学的検査BRCA1/2をしたほうがいい。
- BRCA1/2の生殖細胞系列遺伝子変異陽性患者は乳癌、卵巣がんになりやすい(HBOC)
- 子供にも1/2の確率で遺伝する
「この卵巣がん患者は家族歴が濃厚そうだ?」「ネットで見たんですが私は遺伝性ですか?」「娘は大丈夫ですか?」という質問が寄せられた場合、「うちには臨床遺伝カウンセラーがいないし・・・」など対応に困ることがある。
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)の特徴
もう一度HBOC患者の特徴をまとめた。
- BRCA1またはBRCA2遺伝子の生殖細胞系列変異が原因
- 常染色体優性遺伝
- 若い年齢(しばしば50歳以前)で乳癌を発症
- トリプルネガティブ(エストロゲン・プロゲステロン・HER2 受容体陰性)乳癌を発症しやすい
- 卵巣癌は漿液性癌が多くを占め、腹膜癌を発症することもある。
このような家族歴を有する患者に遭遇した場合、HBOCを考慮して臨床にあたる必要がある。そのため、日本婦人科腫瘍学会から「卵巣癌患者に対してBRCA1あるいはBRCA2の遺伝学的検査を実施する際の考え方」として、BRCA遺伝学的検査の実施における主治医の役割、BRCA遺伝学的検査の対象となる患者及び実施のタイミング、およびBRCA遺伝学的検査に関する遺伝についての相談・説明、遺伝カウンセリングの考え方、が公表された。
- 医療施設の一般外来等で該当患者から主治医に寄せられる遺伝に関する質問への対応は遺伝カウンセリングとはせず、遺伝に関する相談・説明との位置づけにするのが適切と考えられる。
- 主治医は遺伝の相談・説明を実施するに当たって、各種関連学会の主催するセミナーや講演会などに参加し、臨床遺伝学、遺伝学的検査・診断に関する知識を習得することが望まれる。
- 主治医が該当患者に説明する状況において、発症者だけでなく未発症の血縁者を含め心理社会的な支援が必要と判断された場合、発症者やその血縁者が希望した場合、遺伝カウンセリングを考慮する。したがって、主治医は遺伝学的検査・診断を行うに際しては、遺伝カウンセリングがどのようなものか十分に理解しておく必要がある。
- BRCA遺伝学的検査を検討する前に、自施設もしくは近隣の臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなど遺伝医療の経験を有する医療従事者と連携する体制を確立しておくことが望まれる。
HBOCを取り巻く実地診療での問題点
1つは、目の前の卵巣がん患者の治療をしたいが、HBOCのことを常に気にしながら診療することになる。これは、すべての産婦人科医が感じていることであるが、主治医が自施設で、今まで通りに当該患者の治療を完結する。2つ目は、HBOC患者・血縁者のケアには遺伝学的検査が必要になるであろう、場合によりカウンセリングや予防手術等が必要になるであろう。しかし、主治医の私には無理なので、専門家にお願いしたい。しかし、どこでだれにお願いしたらいいのかわからないのでは困るので、地域のネットワークを構築し利用する仕組みを構築する必要がある。これこそJOHBOC機構が取り組んでいる事業の一つである。
JOHBOC機構では、ネットワーク型総合診療制度の確立、施設認定(監査を含む)の実施、教育研修制度(受講の義務化)の開催、登録制度の充実を行い、日本人のエビデンスを構築するために活動している。
HBOC患者と卵巣癌治療の実際
我々が日常診療で治療するのは卵巣癌患者であり、従来通り手術や抗癌剤治療後に経過観察を行う。プラチナ感受性再発と主治医が診断した場合、再発時の白金系抗悪性腫瘍剤を含む化学療法で奏効が維持されている患者を対象にPARP阻害薬を使用することになる。この時点での説明は遺伝カウンセリングではなく主治医による説明・相談ととらえる。しかし、濃厚な家族歴を有する患者や心理社会的な支援が必要と判断した場合、自施設での対応が困難な場合は、JOHBOC連携を通じて遺伝カウンセリング等を行っていただきたい。