14.妊婦のトキソプラズマ感染で使用する抗トキソプラズマ原虫剤「スピラマイシン」の発売(2018年9月)への対応について

2018年9月に妊婦のトキソプラズマ感染症(初感染)に保険適応を持った治療薬「スピラマイシン」が発売されたことを受け、妊婦でトキソプラズマ感染症(初感染)が疑われた場合の薬剤使用法が変わることになりますので、以下の解説をいたします。なお、産婦人科診療ガイドライン産科編2017にも、「スピラマイシン」の発売を想定した解説が記載されています。

トキソプラズマ症とは

トキソプラズマ症は、加熱不十分な食肉、飼い猫のトイレ掃除や砂場遊び、洗浄不十分な野菜などを介して、トキソプラズマ原虫が体内に入って発症する。健康な成人が感染した場合、少数では風邪のような症状が出現し、数週間で回復する経過をたどるが、ほとんどの場合には症状はない。一方、妊婦が初めて感染した場合も妊婦に症状が出ることは少ないものの、感染が胎児にも及ぶ可能性があり、胎児感染が死産や流産、胎児水頭症などの原因になり、先天性トキソプラズマ症として出生した新生児では,水頭症,脳内石灰化,網脈絡膜炎の3主徴の他に,小頭症,失明,てんかん,精神運動発達遅延,血小板減少に伴う点状出血,貧血などの症状がみられることがある。

妊娠中のトキソプラズマ感染とその治療対象

妊婦がトキソプラズマに初感染した場合を除いて原則的に胎児感染することはなく、妊娠中の初感染と判断される場合に治療対象となる。
妊婦のトキソプラズマ初感染による胎児感染率は妊娠時期の影響をうけ、妊娠12週の胎児感染率は6%程度であるが、臨床症状出現率は75%と高く、妊娠経過とともに胎児感染率は上昇するものの臨床症状出現率は低下する(1)。しかし、妊娠初期に感染したものほど、症状が重症化する確率が高いとされる。

妊娠中のトキソプラズマ感染の治療法

 治療薬としては本邦ではスピラマイシンが利用できなかったことから、長くアセチルスピラマアイシンが利用されてきたが、2011年に日本産科婦人科学会が厚労省に対して開発要望を提出したことを契機に「スピラマイシン」の開発が行われ、2018年9月にサノフィ社から発売された。
使用法としては、妊娠中の初感染の場合に、スピラマイシン9,000,000国際単位(3g)を分3で分娩まで連続投与する方法が推奨されている。具体的には、スピラマイシン錠150万単位「サノフィ」(一般名:スピラマイシン)2錠を1日3回とし、分娩まで服用する。ただし、胎児感染リスクが高い場合には羊水PCR検査でトキソプラズマ・ゲノムを確認することで、胎児感染の確定を行い、胎児感染の場合には、スピラマイシンに換えてピリメタミン(pyrimethamine)とスルファジアジン  (sulphadiazine)の投与が勧められている。

妊娠中のトキソプラズマ治療の有効性に関する報告

妊娠中にトキソプラズマ感染が起こった場合のスピラマイシン投与には,60%の垂直感染予防効果があるとされる(2)。
また,妊娠中の薬剤投与は,胎児感染を予防できないが,児の臨床症状の重症化の防止効果があり,より早期からの治療が重症化の防止に繋がるとされている(3).
また、母体の薬物療法に,児の重症な神経学的後遺症の発生抑制効果があるかについての多施設研究(EMSCOT)では,妊娠中に感染と診断された293例を前方視的に観察し,189 例で治療が行われ,23例に重症の神経学的後遺症を認めた.重症の神経学的後遺症の発症率は,妊娠10週に感染して治療した場合 25.7%であり,治療によって 34.3%の症例に,同様に 20週・30 週では 18.5%・5.7% の症例に重症化防止効果があったと推定された(4).Meta-analysis では,感染成立後 8 週以上過ぎて治療開始した症例と比較し,3週間以内に治療開始した症例では胎児感染がオッズ比 0.48(95% CI:0.28~0.80)と有意に低率であった。

また、トキソプラズマ症妊婦にスピラマイシンを投与した場合の先天性トキソプラズマ症の発症率は未治療の73%に比して58.3%と有意に減少すること、先天性トキソプラズマ症児のうちの重症者の割合は、未治療で60.7%であるところ18.6%に減少するとの報告もある(5)。
一方,治療群と非治療群で児の臨床症状発現率に差を認めなかったとする報告(6)もあるなど,トキソプラズマの胎児感染防止効果は限定的との意見もある.

トキソプラズマ感染の検査・診断

トキソプラズマ感染のスクリーニング検査としては特異的IgG抗体を用いる場合、特異的IgG抗体と特異的IgM抗体を併用する場合の2通りがある。トキソプラズマ特異的IgM抗体陽性の場合に感染が疑われるわけであるが、IgM抗体が長期間陽性(persistent IgM)であることがあり,必ずしも妊娠中感染を意味していない。IgM抗体陽性の場合、感染時期の推定が必要になる。

感染時期の推定はIgG と IgM 抗体価の推移等から行う.IgM 抗体は多くは1週間以内に,遅れて IgG 抗体が上昇する.IgG 抗体価は感染後2週間位で上昇し、6~8週でピークとなり、その後徐々に低下する.感染時期の推定が困難な場合に,IgG avidity(抗体結合力)の測定が有益である.IgG avidity は抗体の抗原との親和性が感染から時間が経つとともに高まることを利用したものでavidityが高値の場合,感染後4ヶ月以上経過していると推定できる(7).IgG avidity 測定により、IgM 抗体陽性妊婦の 74%が妊娠前の感染と推定できたとの報告がある.また,IgM 抗体陽性/ボーダーライン妊婦146例中で,IgG avidityは51例が低値(<30%)、15例が境界域(30~35%)、80 例が高値(>35%)を示し,IgG avidity 低値であった 9 例で羊水 PCRにて特異的遺伝子を同定し,その中の 3 例が先天性トキソプラズマ症を発症したとの報告もある(8).IgG avidity の測定は、(株)エスアールエルや第一岸本臨床検査センター(TEL:011-764-5402)などで可能であるが,研究用検査という位置づけ(自費検査)で行われている.

感染予防が最も重要!

トキソプラズマ抗体の保有率が低いことを考えると,妊婦全体に広く感染防止の情報を提供することが重要である。

生肉にはトキソプラズマが含まれていたり,付着している場合があるため,十分な加熱調理が必要である一方,調理器具の洗浄にも気を配る必要がある.猫はトキソプラズマの終宿主であり,野良猫,特に子猫が危険といわれている.しかし,国内の調査では猫のトキソプラズマ感染率は 10%程度との報告もあり,感染して 2 週間以内の猫が排菌するので,妊娠中に新しい猫を飼い始めない,生肉をエサで与えない,飼い猫を外飼いしない,猫用トイレは毎日清掃する(手袋・メガネを装着して)、清掃は妊婦自身が可能なら行わない、手洗いをこまめにする,など推奨される.

 また、日本周産期・新生児医学会などが作成した「赤ちゃんとお母さんの感染予防対策5か条(https://www.jspnm.com/topics/data/topics20130515.pdf)」を参照した妊婦への生活指導を全妊婦におこなうことも重要である。

 

参考文献

  1. Dunn D, et al.: Mother-to-child transmission of toxoplasmosis: risk estimates for clinical counselling. Lancet 1999; 353: 1829-1833. PMID: 10359407
  2. Remington JS, et al.: In : Remington JS, Klein J(eds), Infectious dis-eases of the fetus and newborn infant, Vol. 6th ed, Philadelphia, WBS Aunders, 2006, p947-1091
  3. Foulon W, et al.: Treatment of toxoplasmosis during pregnancy: a multicenter study of impact on fetal transmission and children’s sequelae at age 1 Am J Obstet Gynecol 1999; 180: 410-415. PMID: 9988811
  4. Cortina-Borja M, et al.: Prenatal Treatment for serious neurological sequelae of congenital toxoplasmosis: An observational prospective cohort s  PLoS Med. 2010 Oct; 7(10): e1000351. PMID: 20967235
  5. Congenital toxoplasmosis and prenatal care state. Programs. Avelino MM, Amaral WN, Rodrigues IM, Rassi AR, Gomes MB, Costa TL, Castro AM. BMC Infect Dis. 2014 Jan 18;14:33. doi: 10.1186/1471-2334-14-33. PMID: 24438336
  6. The SYROCOT study group: Effectiveness of prenatal treatment for congenital toxoplasmosis: a meta-analysis of individual patients’   Lancet 2007; 369: 115-122. PMID: 17223474
  7. Pelloux H, et al.: Determination of anti-Toxoplasma gondii immunoglobulin G avidity: adaptation to the Vidas system (bioMérieux). Diagn Microbiol Infect Dis 1998; 32: 69-73. PMID: 9823527
  8. Yamada H, et al.: Prospective study of congenital toxoplasmosis screening with use of IgG avidity and multiplex PCR J Clin Microbiol 2011; 49: 2552-2556. PMID: 21543572