15. 査読を依頼されたらどうするか
論文を書き、ある程度の地位につくと学会雑誌から査読依頼が来る。日本産婦人科医会会員の諸先生は日々の「教育・診療・研究」に忙殺され、あまり興味も無い他人の原稿を読むのは気が進まないかもしれない。しかし、同僚や後進,場合によっては先輩の論文を読みこれに適切な批評を加えることは医学者コミュニティメンバーの義務でもある。
査読依頼が来たらどうするか
大部分の会員は、査読の仕方を教わったこともなく、成書も少ない。筆者なりに過去30年にわたる査読歴の経験を以下、述べたいと思う。
1) 当該論文が自分に査読可能かどうかを、できるだけ早く返事する。もし,自分が学会の役員(理事・評議員など)であれば、原則断ってはいけない。一般会員からそれだけの学識を期待されているからである。断る場合は単に忙しいという理由でなく、何時からどれ位の期間できないかを編集者に知らせる。内容が専門外の場合もより適切と思われる査読者を推薦する。
2) タイトルが適切かどうか。適切な区分かどうか。査読する価値があるかどうか。要旨が適切に内容を反映しているか。ここまでは、査読依頼のメイルとともに送られてくるので、これを読んで引き受けるかどうかを決める。
3) 緒言で、当該領域の問題点と課題が適切に纏められているか。結果と考察でこれに答えているか。
4) 論文に新規性があるか。これは、論文のキーワードや結論をPubmedや医学中央雑誌で検索することで容易に調べられる。もし、同じような事実が既に報告されている場合、著者がこれを知っていて引用しないとすれば科学不正の一つと見なされる。
5) 対象と方法が適切に選ばれているか。研究方法に再現性があるか。試薬や器械の種類や購入先。反応条件や具体的に記されているか。臨床の場合、倫理委員会や患者さんの同意などの手続きが適切に行われているか。
基礎研究の場合も、動物実験委員会、遺伝子組換え委員会、バイオリスク管理委員会などの承認を得ているか(得ている場合は日時と番号を記入)
6) 英語あるいは日本語が正しく書かれているか。ただ、用語法が変であるという場合は具体的に指摘した方が良い。更に、既出論文からのいわゆるコピペが一定以上(通常25%以上)の場合は剽窃の可能性があり、40%を越える場合はほぼ間違いないので編集者にその旨を報告する。Material and methodsの場合は同じ方法を用いるとある程度似てしまう可能性があるが、IntroductionやDiscussionで一つ以上のセンテンスをそのまま持ってきている場合は剽窃と見なされる.他人の所見を引用する場合も必ず、文を言い換えかつ引用元を明らかにする必要がある。
7) 図表が正しく描かれているか。縦軸横軸の単位や目盛りは正しいか。著作権の発生する図の引用は無いか。(適切な引用許諾がなされているかどうか編集部に確認を依頼する)
8) 統計的技法が正しく用いられているか。これが査読者にも判らない場合は統計専門家に依頼するように助言する。
9) 英文が正しく書けているかどうかは筆者もnativeではないので、自信が無いこともあるが不自然に感じたら、近くのnativeに見てもらう。変な英語で一部だけきれいな英語で書けている場合、大抵コピペである。その文章をgoogle検索すると、Wikipedia(英語版)などに当たることが多いので、その時点で査読を中止しEditor in Chief (EIC)に報告して処分を待つ。
10) 雑誌によっては、独自性や臨床的重要性、英文の出来や統計的手法を5段階あるいは10段階でつけさせるところや、全体の評価を100点満点で記入させる場合もある。ただ、雑誌のレベルも勘案する。
これらの結果を勘案し、採否の意見をEICに送る。採否自体はあくまでEICの専権事項である。著者には知らせず、親展でEIC宛のコメントを記載する欄があるので、これは素晴らしい論文なので載せる価値があるとか、このように程度の低い論文は当該雑誌の信用を損ねるので、載せるべきでは無いとか書く。無断引用や剽窃、捏造改竄などが疑われる場合はその旨を著者宛でなくEIC宛の欄のみに記入する。筆者の場合、興味深い論文を査読させて頂き感謝するというセンテンスを最初に入れるようにしている。(但し、あまり酷いときや時間の無駄と思うときは書かない)一般に、あまりにひどい場合は査読者に送らず編集者のレベルでimmediate reject (門前払い)にする。具体的には、英語(あるいは日本語)の意味が分からないもの、倫理的に大きな瑕疵があるもの、明らかな商業目的や疑似科学の論文などである。あまり、変な論文を送ると、査読者に迷惑がかかるし、万一掲載されてしまうと雑誌自体の価値を毀損するからである。
査読にあたっては下記の形で記入するのが一般的である
1) 論文内容、特に著者の言いたい新規性の要約
2) 論文の優れている点(たとえ,却下や大幅修正でも何か良い所を探す)
3) しかし、(ここからが重要)以下のような問題点があるので、ここを加筆修正すればアクセプトされる(あるいは再度審査を受けられる)
major comments :実験方法や研究デザイン、倫理的問題、研究の独自性(先行研究との関係)、minor comments:字句の修正、typo error、図表のフォントや解像度など技術的な点
重要なことは、審査員が著者に直接言うのではなく、編集委員長宛に「私は著者がこのようにすべきと考える」。という形をとることである。時々、海外の英文雑誌でも“You should”とか書いているレフェリーがいるが,”The authors are requested”とか“They are strongly recommended to”とか書くべきである。これができていないと、著者や編集者からこの査読者は過去にトレーニングを受けていない、あるいはちゃんとした論文を通したことが無いと思われる。
査読にあたっては、自分の弟子のつもりで、懇切丁寧に指導する。従って冷笑的侮蔑的な表現や主観的な表現は極力避ける。多くの雑誌ではレフェリーの内容を見て、担当編集者が1から3の評点をつけるが,これはその雑誌が存続する限り消えないので、いい加減なことを書くと、当該領域での自分自身の評価を下げることになる。評価内容は公表されないが、JOGRでは年間の査読数と審査内容でBest reviewerを表彰する。
剽窃の検索
英語を母語としない研究者の場合、出来合いの英語論文やネット上のサイトからコピーアンドペーストで論文を作成することがある。かって、日本人に英作文は無理だから英借文せよと言う指導者や、よくある言い回しを集め、これを切り貼りすれば論文ができるなどとした参考書があったが、これは嘘である。たとえ症例報告であっても、自分たちの独自の考察を他の論文の言い回を借りて述べることはできない。実際、出典を明記せずに他人のアイデアを引用することは剽窃行為になる。現在、欧米あるいは日本の大部分の科学雑誌は、Cross Checkという剽窃探知システムを導入しており、レフェリーに回る前に編集者レベルでこれを検索する。もし、盗用が明らかになった場合、論文がrejectされるのみならず、著者は(共著者の全員に対して)数年の投稿禁止処分や所属機関への通達といった処分が科される。これは編集者の仕事であり査読者自らが検察官になる必要は無い。しかし、クロスチェックの膨大なデータベースは日本語に対応しておらず、図表の二重投稿や盗用も見抜くことはできない。査読者は投稿された論文のみならず文献表にある参考文献や、さらにPubmedで関連論文を見て不適切な引用が無いか確認する。
レフェリーの守秘義務
査読を行う論文が来たら、その内容を不用意に第三者に漏らしてはならない。学会などで、投稿相手に会うことがあったとしても「先生のとこの原稿見てるよ!」などと軽口を叩いてはいけない。その場では「一つお手柔らかに」などと言われても、信頼性が低い奴だと思われるのがオチである。
修正論文が来たらどうするか
コメントに対し、著者が一つ一つ丁寧に(point by point)で反応しているか。修正箇所が明記してあるかどうか。を確認する。反論に正当な根拠があって、単なる言い訳や言い逃れでない場合は著者の意見を受け入れることも大事である。指摘を無視している場合は編集長宛に受け入れられないと伝える。修正箇所で気になるところがあれば、ここに対する査読意見は述べても良いが、前回読んで気がつかなかった所を指摘するのはルール違反(一事不再審)であるので厳に慎む。
おわりに
古来 和をもって尊しとする日本人は、何事も争い無く済ますのが最善と考える傾向があるが、科学の世界は厳しい相互の批評があって初めて真実に至る。科学上の討論は個人の間の親疎や立ち位置とは無関係にあるべきであり師匠・先輩,、親友の研究であっても科学的に問題ありと考えたらこれを指摘・修正することを遠慮してはならない。厳しい相互批判を経て初めて科学論文の質の向上が期待できるからである。
査読のお礼として中国の雑誌のように、パンダの切手や美麗な新年カードを送ってくれるところもあるが、原則的には無料奉仕である。しかし、世界中で著者と編集者以外に知り得ない新発見を共有できることは最大の特権であり、スポーツと同じように攻守双方を経験することで自分の実力を磨くことができる。最後に筆者の敬愛するオルテガの言葉を挙げる。
「課された義務をこそ自己の特権として認識すること」