2. 更年期障害の起こるメカニズムとは?
第1回の初学者向けの内容とは打って変わって、今回のテーマは多少難解ですが、巷の論文・ガイドラインや学会等では入手しにくいdeepな情報を中心としました。
先月、某ラジオ番組で「更年期障害の起こるメカニズムについて、最近の知見をご教示ください」というリスナーからのリクエストに答える機会がありました。きっと質問主は産婦人科でなく内科の先生でしょう!
なぜなら、内科と産婦人科の教科書の違いでもお判りの通り、一般に内科の先生は病態生理を考えるのが得意です。産婦人科関連の学術団体には、新人勧誘や教育だけでなく、病態生理の解明等、地道で純粋な学術活動も期待したいところです。
ところで、更年期障害の起こるメカニズムは、現在もなお十分に解明されていないが実状だと思います。その理由として、エストロゲン(卵胞ホルモン)分泌の急減が原因の発端とされていますが、エストロゲン受容体は全身に分布してかつ組織毎に特異的な転写調節がなされ、下流の標的遺伝子はさらに多岐にわたっていることから、多彩な更年期症状の経過を一つ一つ解明するのは困難と言わざるを得ません。加えて、出現する更年期症状の種類・頻度・重症度は社会心理的要因、さらには気温等の環境要因にも大きく影響します。しかし、この数十年間に徐々に解明されてきた部分もあります。
1990年頃は、エストロゲンをはじめとするステロイドホルモン受容体が同定され、そのノックアウトマウスの解析が行われましたが、エストロゲンによる細胞内情報伝達に関しては主に骨代謝・生殖機能関連を中心に知見が集積しました。一方、げっ歯類を用いて脳の特定部位を刺激・破壊する研究等から、ホットフラッシュは、エストロゲン欠乏によって視床下部において暑さを感じる域値と寒さを感じる域値が狭まる病態、とされました(Freedman RR. Menopause 2002;9:151-152)。確かにホットフラッシュが顕著な女性は、冷えも訴えますので、上記の視床下部における温度中枢が失調する理論は頷けますし、漢方でいうところの上熱下寒と似た病態ともいえます。
そういうわけで、更年期症状のなかでもエストロゲン欠乏と密接に関連しHRTが著効するホットフラッシュとエストロゲンとの関連に絞った話題が中心となります。但し、実験動物にホットフラッシュがあるか直接問診できないのが難点です。
21世紀になると、いくつかの神経ペプチド(神経末端から分泌され、他の神経に伝達する役割and/orホルモンとして作用する役割がある)が注目されるようになりました。とりわけ、視床下部に局在する神経ペプチドである、キスペプチン、ダイノルフィン、ニューロキニンのうち、ニューロキニン(NK)-ニューロキニン受容体(NK3R)シグナル経路がホットフラッシュとの関与に重要とされています。68人の被験者による無作為二重盲検クロスオーバー第Ⅱ相臨床試験においても、NK3R阻害剤の経口投与によって、ホットフラッシュの有意な低下が認められています(Prague JK et al. Lancet 2017;389:1809-1820)。
他の神経ペプチドでは、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が、血中に分泌されるホルモンとして血管拡張・汗腺刺激作用を有することが知られています。また、CGRP受容体阻害剤は偏頭痛治療薬としての第Ⅱ、Ⅲ相臨床試験が行われており、マウスでの実験でもホットフラッシュ様の皮膚温度上昇を抑制することが報告されています(Wihelms DB et al. Front Pharmacol 2019;9:1452)。
以上より、エストロゲン分泌の急減により、視床下部をはじめとする中枢組織において神経ペプチドシグナル経路を刺激し、最終的には、末梢組織における血管拡張物質の律動的な増加等による血流増加・皮膚温度上昇作用が「ほてり・発汗」を引き起こしていると考えられます。これらの「神経ペプチド説」が有力となっていますが、他にも脳内の糖取り込みを調節するグルコーストランスポーター(GLUT1)の発現調節の失調による説も報告されています。
ちなみに、筆者らは以前に慶應義塾大学先端生命研究所冨田勝所長らのグループとの共同研究において、ホットフラッシュが顕著に出現する女性では血中ベータアラニンが増加していることを見出し、馬場藤貴氏が2008年第3回メタボロームシンポジウムにおいて報告しました。これは治療後にホットフラッシュがない患者群とホットフラッシュが1日10回以上出現した患者群、各群数十例ずつの人工閉経治療前後に採取した血清を用いてメタボローム解析を行った結果ですが、実は論文化されていません(ので、末尾にデータ概要を掲載します)。それは、重篤な先天性アミノ酸代謝異常でもない限り、生体で血中アミノ酸濃度が増加する説明ができなかったことが理由の一つにあります。余談ですが、ベータアラニンはプロテインの一種として市販されており、大量経口摂取すると「ほてり・発汗」を引き起こすことが知られています。
Appendix (Fujitaka Baba, Moe Uwataki and Ken Ishitani)
This is an outline of the results of metabolome analysis using serum collected before and after artificial menopause treatment of dozens of each group. It consists of a group of 48 patients without hot flushes and a group of 47 patients with more than 10 times a day of hot flushes after treatment.
A comprehensive analysis using CE-TOF/MS was performed and mapped. According to the maps, there was an increasing tendency in hot flush patients as a pathway for producing / decomposing anserine or carnosine, which is a dipeptide formed by binding beta-alanine and L-histidine, which is common in brain tissue and muscle tissue. On the contrary, the pathways concerning the production of beta- alanine and the degradation of histidine tend to decrease.
It is suggested that marked degradation of anserine and carnosine occurs in hot flush patients. In particu.ar, beta-alanine and 3-methylhistidine are significantly increased in patients, suggesting excessive degradation of anserine. Likewise, the increase in histidine is also seen in patients, because the synthesis and degradation of anserine and carnosine are caused by the same enzymes. Regarding the methylation of histidine and 3-metylhistidine, it is expected that the route is not so active. 3-methylhistidine is synthesized only by methylation of histidine or decomposition of anserine. Therefore, there is the concentration difference of 3-methylhistidine between 2 groups.
Anserine is uric acid inhibitory effect, active oxygen scavenging function, antihypertensive effect, that there is anti-inflammatory effects have been reported previously. It can be inferred that it is one of the causes of high blood pressure which is one of the pathology of hot flushes.
Administration of leptin into cultured cells has been shown to decrease 3-methylhistidine and anserine. It is also known that female hormones such as gonadotropins are regulated by leptin. As menopausal age decreases ad leptin decreases, leptin may decrease and 3-methylhistidine and anserine may increase.
For inquiries about the above results, send email to ishitani@insti.kitasato-u.ac.jp