29. 胎盤梗塞
胎盤実質(絨毛)が母体からの血流不足で壊死した状態を胎盤梗塞といいます。胎盤梗塞の部分は、胎盤の中にある酸素や栄養をやり取りする絨毛組織が壊死して使えなくなっているわけですから、胎児発育不全や胎児機能不全の原因となり得ます。ましてやその部分が大きければ、胎盤の健康な部分が少なく、そのリスクが高くなると考えられます。
胎盤梗塞はいろいろな原因で起きます。子宮の血流の影響や、初期からの胎盤の形成がうまくいかなかったり、出血が関係したり、感染などでも梗塞は起きると考えられています。妊娠高血圧症候群もその重要な原因であります。絨毛間腔には、子宮の壁にある細い螺旋動脈から噴き出す母体血が満たされていますが、常に新しい酸素の豊富な母体血がたくさん絨毛間腔の中を潅流していなければ胎盤絨毛や胎児の発育を維持できません。
正常の妊娠初期の胎盤形成期に、絨毛細胞の一部が、この細い螺旋動脈の通り道を広げるようにリモデリングが起きます。しかし、後に妊娠高血圧症候群を発症する人ではこのリモデリングが少ないということが知られています。何らかの原因で、螺旋動脈のリモデリングがうまくいかなかったために、絨毛間腔の酸素化が悪くなって、絨毛が壊死してしまうのです。そのため、妊娠高血圧症候群では胎盤梗塞がよく見られるのです。ちなみに、この絨毛組織が壊れるときに血圧をあげるサイトカインが母体血に流れ出すため、血圧が上昇すると考えられています。
胎盤を広く占める胎盤梗塞によって健常な胎盤部分が少なく、さらに胎盤から胎児への栄養、酸素供給が悪くなり、胎児発育不全、胎盤機能不全と悪循環に陥ります。また、胎盤梗塞では、胎盤が壊れている状態ですので、胎盤早期剥離や破水などを起こすこともあります。そして、胎盤機能不全・胎児発育不全の終末像の、羊水過少や胎動減少、胎児機能不全(基線細変動の減少、一過性頻脈の消失など)となります。
胎盤梗塞による胎盤機能不全の状態に、子宮収縮(陣痛)がおこれば、さらに状況は悪化します。子宮収縮自体は、子宮・胎盤血流を減少させますので、胎盤梗塞のような予備能の少ない状態では、分娩中の胎児機能不全になりやすいと考えます。
病理検査でミクロ像をみてみると、小さな梗塞が胎盤の中にあることは珍しくありません。しかし、この様な超音波像を捉えることは難しいです。大きな胎盤梗塞に関しては、絨毛が壊死している像として高エコーの腫瘤、不整像を認めたり、その周囲の絨毛間腔が拡大して虫食い像のようになっていたりします。
胎盤の胎児側に嚢胞様エコーを呈する場合も梗塞の影響であることが多いです。胎盤の一部で胎盤早期剥離のような状態が発生し、胎盤内に血腫ができ、絨毛に血腫が付着して梗塞となり、時間の経過に伴って内部が嚢胞状(フィブリンの貯留)エコーを呈するようになります。正常発育の人に、胎盤梗塞像を認めることもありますが、胎児発育不全や胎児機能不全がなければ経過観察でよいです。
B-modeでの胎盤梗塞の診断は難しいものが少なくありません。その場合、カラードプラを用いて胎盤を観察しますが、正常胎盤には絨毛血流や絨毛間腔の緩やかな血流を認めますので、なんらかのドプラ信号を認めるはずです。一方、梗塞では絨毛血流もありませんし、壊死組織で絨毛間腔もつぶれていますので血流は認めません。ただし、この違いを観察する際には、表示する流速を極力低速に設定しなければ判断できません。パワードプラや最近の超音波機器各種についている低流速ドプラを使用するとわかりやすくなります。まだまだ、未開の領域です。