32.ジャンプアップ8(絨毛膜羊膜炎?子宮内感染症?)

 産科医療補償制度の原因分析委員会にいたころ、稀にではあるが母体発熱など感染症に遭遇した。脳性麻痺を発症しているそれらの事案の大部分は、発熱に対し補液や抗菌薬の投与を行い、24時間、あるいは数日間に渡り子宮内に児を留め、望まない結果に至っていた。

1.絨毛膜羊膜炎?子宮内感染症?(図1)

 さて、前回解説した絨毛膜羊膜炎、ご理解いただけたであろうか。ここでは、いわゆる子宮内感染症という言葉との使い分けを解説したい。我が国には確立した基準はなく、使い分けねばいけないということではないが、私の中では明確に違う。
絨毛膜羊膜炎は、腟からの上行性感染により細菌が絨毛膜羊膜に至り、そこに止まっている状態を指す。この細菌が、破水などにより子宮腔内へ波及した状態が子宮内感染症である。したがって、子宮内感染症では、胎児感染も引き起こされている可能性がある。もちろん、絨毛膜羊膜炎に止めても児がFIRSに陥るリスクはあるが、我々はこの段階で、胎児を救出したいのである。子宮内感染症では、手遅れなのだ。
 これが、私がこの2つの病態を区別して考えたい所以である。ちなみに両者を明確に区分する方法は、分娩後の胎盤・臍帯病理検査である。組織学的絨毛膜羊膜炎の診断に加え、臍帯炎の有無を確認することを勧める。臍帯炎の場合、活性化した多核白血球の臍帯浸潤像が認められるが、この白血球は胎児由来である。したがって、臍帯炎が認められれば、少なくともFIRS以上の影響が、胎児に及んでいたことになり、救出が遅れたことになる。反対に、臍帯炎を防げば、我々の勝利である。

 参考までに記すが、主たる感染経路にも疑義がある。通常、これら子宮への感染の波及は、腟からの上行性感染と考えられている。しかし、2000年のNew England Journal of Medicine (Goldenberg RL)に掲載されたreviewに興味深い記載がある。

「子宮内(絨毛膜羊膜)の細菌感染は妊娠初期に発生し,細菌叢が妊娠中期以降も存続した場合,絨毛膜羊膜炎の原因となる.妊娠中期以降は,膨隆する卵膜によって子宮内腔および内子宮口が閉鎖し, 上行性感染から防御されている.」

 この仮説は、早産予防治療における細菌性腟症や頸管熟化の進む状態への抗菌薬の腟内投与が全く無効で、帰って早産を助長するとする多くの臨床研究結果を支持している。妊娠前に子宮腔内をクリーンアップしておかないと、無意味という事である。

2 .絨毛膜羊膜炎の事例(図2)

 日本医療機能評価機構の脳性麻痺事例の胎児心拍数陣痛図を引用する。母体発熱38度以上、心拍数100bpm以上など前日から絨毛膜羊膜炎を満たしている事例である。
 分娩進行中で、図2は児娩出約1時間前の所見である。心拍数基線は160bpm から165bpmで頻脈であるが、基線細変動は5bpm以上で、概ね正常範囲に保たれている。30秒未満の経過で急速な心拍数の減少が、繰り返し出現している。
 頻脈でレベル2、変動一過性徐脈でレベル3であろうか。後半、一過性徐脈の頻度が増加してはいるが、脳性麻痺を引き起こすほどであろうか。

3 .絨毛膜羊膜炎の事例(続き)(図3)

 分娩43分前から27分前までのCTGである。判読してください。

4 .図3の判読(図4)

 最初の3つの波形はよく似ている。最下点が子宮収縮に遅れて出現している。繰り返し発生している。左右対称ではないが、遅発一過性徐脈と判読する向きもあろう。

 しかし、私は、変動一過性徐脈と主張したい。図2からの連続モニターで、心拍数基線は徐々に増加しつつある。圧変化にわずかながら低酸素負荷が加わってきているかもしれないが、図3の初めの3つの一過性徐脈は変動一過性徐脈である。
 図4上段に拡大して示したが、心拍数の低下が2段になっている。①が最初のボトムで②が最下点になる。思い出して欲しいのは、変動一過性徐脈は最初のボトムを最下点として判読すると規定されていることだ。心拍数の低下の開始から①までは、30秒未満で、その開始部分の③はショルダー(一過性頻脈)である。

5 .分娩直前のCTG(図5)

 高度な変動一過性徐脈が持続し、分娩直前は著明な頻脈になっている。ここまでの頻脈はあまり遭遇することがない。しかし、この程度で脳性麻痺に至るであろうか。自然分娩で、児は2700g、Ap-6/6、臍帯動脈血ガスpH 7.1であった。
 感染症、発熱は比較的軽度の低酸素状態でも脳性麻痺を引き起こす。さほど頻度がある訳ではないからこそ、母体発熱を見落としてはならない。