44.ジャンプアップ20(急変するCTG-3,奇跡の救出劇)

 今回も、少し派手なCTGをご覧いただく(図説CTGテキスト アドバンス,メジカルビュー社から引用)。このCTGも、私にとって、とても貴重な記録である。

1.何が起こったCTG?(図1)

 このCTGは前医で記録されたものだ。
 36歳、3妊1産。妊娠37週、前医入院時のCTGである。記録開始時刻は午前4時30分を少し回っている。
 午前3時、肛門痛と腹痛が増強し、午前4時過ぎに前医を受診している
 判読と対応は?‥‥‥というより何が起こっているのか?

 前半の心拍数基線は165-170bpmと頻脈で、基線細変動は減少気味である。CTG上明確な子宮収縮はなく、波形分類は難しいが、母体ショックやけいれん発作(子癇、てんかん)時の所見と類似し、低酸素に伴う深刻な変化である。

2.症例の概略(図2)

 概略を示す。
 ポイントは
① 前回の分娩でクリステレル胎児圧出法が行われたこと。
② 4度裂傷を発症していること。
③ 2週間前(35週)より肛門部の痛みが出現していること。
④ 2日前よりその痛みが持続的になり、本日、未明に増強していること。
あたりであろうか。
 妊娠末期の妊婦が、不穏な状態で来院した際、短時間でこれらすべての情報を確認することは困難かもしれない。日頃から、カルテの目立つ場所に要点を明記するなどしておきたい。

3.前日のNST(図3)

 前日のNSTでは児の健常性が確認できる。子宮収縮が不規則なことから、肛門痛と腹痛は前駆陣痛と判断され帰宅している。

4.現場で起こっていたこと(図4)

 さて、問題のCTGに沿って状況を解説する。
 来院時、妊婦は不穏状態で、強い「肛門痛」と腹痛を訴え、歩行困難であった。
助産師は車椅子で妊婦を分娩室に移送し、直ちにCTGを装着した

  • 4時39分、助産師は遷延する徐脈に対し、酸素投与と体位変換を行った。
  • 4時45分、保存的処置の施行にもかかわらず、一過性徐脈が反復し、医師に連絡した。医師の内診では、子宮口は3cm開大し、多量の凝血塊が認められ、常位胎盤早期剥離を疑った。
  • 4時50分、引続き腹部を触診すると板状硬はなく、胎児が直接触知された。診断は、子宮破裂と改められた。
  • 5時16分静脈麻酔下に緊急帝王切開が行われ、児を娩出したが、開腹時、胎児と胎盤は腹腔内に脱出していた。
  • 5時30分、子宮後壁に大きな裂傷(破裂孔)を認め、静脈麻酔下での修復は困難と判断し、術中に搬送を依頼し、簡易止血の後(総出血量1500mL)、私の施設へ救急搬送(母体救命搬送)することになった。
  • 5時41分、前医へ救急隊到着時。顔面蒼白、冷汗、シバリングがあり、血圧93/60、心拍数132/分(ショックインデックスSI:1.4)との連絡が当院に入り、緊急輸血と手術の準備が始まった。
  • 6時2分、救急隊は前医を出発した。

5.当院到着後の経過(図5)

  • 6時7分、当院到着時、直ちに異型適合血(O型)輸血を開始
  • 7時15分、手術開始。腹腔内に多量の凝血塊を認め、子宮後壁の裂孔は大きく、修復困難と判断し、腟上部切断術が行われた(総出血量1160g)

 さて、今回の症例、後日、児にも障害が残らなかったことが報告された。母児とも救命することができたのである。
 これらの結果を踏まえこのケースを考察する。まず、前医では術中に搬送依頼を行い、当院では速やかに受入れ準備が行われていた。腟上部切断術を余儀なくされたが、母体は救命され、6日後に退院となった。
 はじめのポイントは、子宮破裂がいつから始まっていたかである。おそらく2週前の肛門部の痛みがはじまった頃から、子宮壁に変化が起き、2日前に持続的な痛みになった時には、裂開がはじまっていた可能性がある。完全な破裂に至ったのは、当日症状が増強した午前3時頃かもしれないが、幸い児や胎盤が腹腔内に脱出する前に来院できたようである。そうでなければ、児の救命は望めなかったであろう。
 原因はなにか?あくまで推測だが、前回分娩で行われたクリステレル胎児圧出法併用吸引分娩が怪しい。4度裂傷も重大な合併症だが、圧出法により子宮後壁にわずかな損傷が発生し、それが今回の妊娠末期に顕性化した可能性はないだろうか。
 ちなみに裂開(dehiscence)とは、子宮筋層が窓のように開き、子宮漿膜のみで覆われ、児が透見できるような状態(不全子宮破裂)を指し、子宮破裂は、子宮壁全層(子宮筋層、子宮漿膜)が断裂し子宮腔と腹腔が交通する(全子宮破裂)状態を指す。子宮破裂では、卵膜の断裂(破水)の有無は問われない。
 病診連携が機能し母児が救命された好事例で、前医の判断、処置の迅速さに拍手を送りたい。