47.ジャンプアップ23(分娩第2期-3)
カンファレンスの目的は、その妊婦と児、あるいは家族が最も幸せな出産するにはどうすることが最良かを検討することにあり、現場の対応を非難することではない。
今回は10年以上の経験がある医師が担当した(ピットホールに陥った)ケースを紹介する(図説CTGテキスト アドバンス,メジカルビュー社から引用)。
1.ピットホールに陥ったCTG(図1)
35歳、1妊0産。妊娠38週、全開大後30分を経過した時点から分娩までの約1時間のCTGである。
全開大まで10時間で経過し、適時破水している。58分前の診察で、児頭はSP+2で回旋に異常はない。振り返れば、何で?と言いたくなるCTGである。
2.分娩58分前から38分前までのCTG(図2)
はじまりはHARADAの波であった。
心拍数基線は145bpm、細変動は10-15bpmで、波形(A)の後、怒責が開始され、一過性徐脈が出現している。
波形(A)は、子宮収縮後遅発一過性徐脈が出現する位置で、基線細変動の増加とわずかな心拍数低下がある。HARADAの波(あるいは軽度遅発一過性徐脈:レベル3)で、低酸素負荷が起き始めたことが示唆される。
波形(B)は、心拍数の低下が急速で、怒責の開始と伴に児頭圧迫などによる迷走神経反射が出現している可能性がある。一過性徐脈が2分20秒に及び軽度遷延一過性徐脈になる(レベル3)。波形(B)以降、基線細変動(↑)は増加傾向で、胎児のstatusが変化しだしている。
波形(C)以降の一過性徐脈(↓)は、記録は悪いものの、緩やかに低下し、緩やかに回復し、いずれも類似し、左右対称で、繰り返し出現する高度遅発一過性徐脈である(レベル3)。
波形(A)、(C)は低酸素に基づく変化で、波形(B)だけ異質見えるが、(A)、(C)同様の低酸素負荷に迷走神経反射が重なり、マスクされたものかもしれない。
体位変換、補液が開始され、医師が呼ばれた。
3.分娩38分前から18分前までのCTG(図3)
心拍数基線(150bpm)はわずかに上昇し、遅発一過性徐脈(↓)が繰返し出現し、心拍数の低下は徐々に増加している。胎児低酸素血症は明らかで、遅発一過性徐脈の心拍数低下は深くなり、U字型を呈している。2分は超えていないが、低下時間も徐々に延長しだした印象である(→)。
カンファレンスで、このCTGを振り返ると、心拍数低下がより深くなったあたり(D)で、帝王切開への切り替えを判断するとした意見が多くを占めた。(私の施設では、関連部署と年3−4回のシミュレーションが行われており、超緊急の帝王切開の場合、決定から約10分程度で児を娩出させることができる。)
この時点で、全開大から約1時間が経過しているが、陣痛のたびに児頭はわずかずつ下降し、担当医は、経腟分娩可能と判断していた。実際に現場で、現在進行形でCTGを評価するのと、結果を知って振り返るのでは、当然温度差がある。
4.分娩18分前から出産までのCTG(図4)
繰返す遅発一過性徐脈が遷延一過性徐脈に移行すると、比較的短時間で自律神経系機能は破綻する。徐脈は胎児の心機能が抑制された深刻な状態である。
このCTGは、典型的な低酸素負荷への胎児の対応を示している。
出産は自然分娩で、2335g、女児、アプガースコアー1分4点、5分8点、pH 7.017であった。
遅発性一過性徐脈が繰返し出現している間(図3)、心拍数基線は正常脈で、細変動も正常範囲に保たれ、レベル3に止まる。しかし、その間こそが、胎児を安全に救出するtherapeutic window(有効治療期間)ということができる。レベル分類はあくまで目安で、判断するのはあなただ。
徐脈は80bpmと高度で、基線細変動は消失し(レベル5)、心機能が抑制された深刻な状態が10分程度持続し、脳性麻痺になってもおかしくない臍帯動脈血液ガスの状態で、間一髪救出されたケースであった。児はLFDだが、通常管理で問題なく退院した。帝王切開を受けることなく退院できた妊婦と児と家族は、幸せだったのかもしれない、、、のだが。
このケースでは、絨毛間腔の低酸素状態から、胎児低酸素血症、酸血症へと進み、このゼミナール(CTGマイスター)や私の著書(図説CTGテキスト、図説CTGテキスト・アドバンス)で、繰返し紹介した低酸素に対する典型的なCTG変化の要素が多く含まれている。HRADAの波に始まり、心拍数の増加、基線細変動の増加、遅発一過性徐脈の出現、遷延一過性徐脈への移行、そして、波頭が崩れる(細変動消失、徐脈)。
我々は常に、分娩の進行具合と低酸素状態を秤に掛け、分娩に対峙している。経験により、経腟分娩可能であると判断している(思い込んでいる)ことこそが、ピットフォールなのかもしれない。