5. スタートアップ5(低酸素=緩やか)
スタートアップ5(低酸素=緩やか)
一過性徐脈の心拍数減少をなぜ「急速か緩やかか」で判読するかを、理解する必要がある。この対応の理解はCTG判読の根幹をなし、極めて重要である。
まずは「緩やか」から解説する。
1.低酸素による心拍数減少は緩やか(図1)
子宮内の低酸素は、絨毛間腔の母体血酸素分圧の低下で始まる。絨毛における胎児への酸素移行が減少し、胎児低酸素症が発生する。化学受容器が低酸素を感知し、心臓血管中枢は交感神経刺激を介し、心拍数や血圧を増加させる。この血圧増加が圧受容器を刺激し、副交感神経を介し心拍数を低下させる。
過強陣痛、遷延分娩などが、絨毛間腔の母体血流減少や低酸素状態の原因になる。子宮収縮開始から(化学受容器感知、交感神経刺激、血圧増加、圧受容器感知)迷走神経反射まで、手順が多く時間がかかる。
CTG上、心拍数減少は緩やかで、子宮収縮の最強点から遅れて心拍数の最下点が出現し、遅発一過性徐脈と呼ばれる。
2.判読して下さい
1)症例提示(図2)
38歳初産婦。妊娠37週、不規則な腹痛を訴え来院した際のCTGである。CTGを判読する際、大切なことがある。妊婦の背景と分娩の進行現状である。このCTGはノーヒントで判読して頂きたい。5つのポイント(胎児心拍数基線、胎児心拍数基線細変動、一過性頻脈の有無、一過性徐脈の有無、子宮収縮の状態)は?
波形が判読できれば、スタートアップ終了。
原因が分かれば、すでにCTGマイスター。
2)判読(図3)
心拍数基線160bpm、基線細変動は5bpm未満で減少、一過性頻脈はない。心拍数減少は緩やかで、子宮収縮の最強点から遅れて心拍数の最下点が出現する。心拍数低下は、30秒以上の緩やかな経過を辿り、典型的な遅発一過性徐脈である。
ただし、心拍数基線は正常脈と頻脈の境にあり、2分間以上持続する心拍数基線がなく、細変動の判定は微妙だ。原因はもちろん低酸素だが、なぜ、低酸素に至ったか想像できるか?子宮収縮波形に注目して頂きたい。
さざ波とまでは言えないが、頻回に小刻みな収縮を呈している。主訴である不規則な腹痛と考え合わせると、常位胎盤早期剥離が想起される。実際、この症例は緊急帝王切開になり、胎盤剥離面3分の1に凝血塊が確認された。
ここまでたどり着いていれば、もうCTGマイスターである。
3.遅発一過性徐脈には4つの特徴がある(図4)
①緩やかに低下し,緩やかに回復する
母体血の絨毛間腔への流入の減少から始まる一連の反応は、緩やかである。この心拍数低下は子宮収縮消退により回復するが、その過程もまた緩やかである。絨毛間腔への母体血の流入が回復し、児への酸素移行が増加し、化学受容器が感知し、やっと心拍数は回復する。そのため、心拍の回復はその低下と同様、緩やかになるのである。
② 繰り返し出現する
通常、子宮収縮は一定の強さで、繰り返す。かりに過強陣痛による低酸素状態で、遅発一過性徐脈が出現したとすると、同様の収縮が繰り返すたびに、胎児は同様の対応を示すことになる。過強な収縮がランダムに発生することは稀で、一過性徐脈は収縮ごとに繰り返し起こることになる。
③ 左右対称の波形になる
緩やかに低下し、緩やかに回復する心拍数波形は、左右対称になることが多い。
④ 波形が類似する(uniform)
子宮収縮の強さが一定であれば、母体血流入減少の程度は収縮ごとにほぼ一定のものになる。一定に血流量が減少すれば、胎児の対応も一定のものになり、繰り返す遅発一過性徐脈の形態は類似する(uniform)。
以上の点に留意し、単に一つの波形をみるのではなく、その前後に何があるか、慎重に見極め、判読していただきたい。ただし、厳密に左右対称で、uniformになるわけではない。だいたいで良いのである。
遅発一過性徐脈は子宮内の低酸素状態や胎児酸血症(アシドーシス)に関連し、直接、胎児機能不全の診断に繋がる。判読の精度を高めるため、4つの特徴を理解しておくことを強く勧めたい。