グローバル化世界の感染症(中島一敏)

新興感染症:海外渡航と訪日者診療(中島一敏)

近未来産婦人科診療における感染症危機管理について

 新興感染症とは,1970 年頃から新たに出現した感染症,もしくは,新たに認識された感染症を指し,世界中で毎年のように新たな新興感染症が発見されている.法務省出入国管理統計や日本政府観光局によると,2016 年,海外から日本を訪れる訪日者数は,約2 , 400 万人と推定されている.地域別内訳は,東アジア(中国,韓国,台湾,香港)が73 %,東南アジア・インドが11 %,欧州・米国・豪州が12 %を占めている.2016 年に日本から海外を訪問した出国者数は,約1 , 700 万人と推定されており,渡航先は世界各地に及んでいる.世界中には,日本には土着していない多くの感染症が存在しており,常に,日本にもち込まれる可能性を考える必要がある.

海外渡航と外国人訪日者に関連した感染症のリスク

①訪日者による感染症のもち込み
②渡航者の渡航先での感染と国内へのもち込み
・現地で発病する場合
・帰国後に発病する場合
・不顕性感染
③もち込まれた感染症の拡大
・市中で感染拡大・医療機関で感染拡大

感染症危機管理

 「感染の可能性」と「感染した場合の深刻度(重症度/ インパクト)」との「積」によるリスク評価が重要である.感染の可能性は,渡航先や渡航地での活動内容に大きく依存するので,医療機関においては,感染症が疑われる患者の診療に際し,経過や症状とともに,訪日者や海外渡航者の渡航歴情報が重要である.途上国に渡航する場合には,旅行者下痢症やマラリアなどの頻度が高くなる(図51).
 産婦人科領域においては,妊婦が感染した場合,母体や胎児に影響がでるリスクの高い感染症に特に注意を払う必要がある.WHO やCDC は,妊婦が海外渡航をする際に特に注意すべき感染症を示している(表12).新興感染症としては,近年,ジカウイルス感染症が注目されている.

ジカウイルス感染症

 1950 年代からアフリカと一部の東南アジア地域で人の感染が確認されていた蚊媒介感染症だが(図52),多くは軽症かつ散発的な発生であったことから公衆衛生上重要とはされていなかった.ところが,2013 年,仏領ポリネシアで大規模な集団発生があり,しかも,感染後のギランバレー症候群との関連が指摘されたことからにわかに注目され,さらに,2015 年,ブラジルで発生した流行では,妊婦の感染と児の小頭症との関連が確認されたことから,国際的な公衆衛生上の脅威と位置づけられることになった.WHO は,ジカウイルスの性行為感染の予防に関するガイダンス(2016年9 月6 日改訂)にて,以下のようなアドバイスを行っている(国立感染症研究所,ジカウイルス感染症のリスクアセスメント第10 版).

○流行地から帰国した男女は,感染の有無にかかわらず,最低6 カ月間は性行為の際にコンドームを使用するか性行為を控えること
○流行地から帰国した妊娠を計画しているカップルあるいは,女性は,最低6 カ月間は妊娠の計画を延期すること

 近年では,日本人渡航者や訪日者の多いタイやベトナムなどの東南アジアでも流行が確認されている.
 また,日常診療においては,風疹など,新興感染症には含まれない感染症に対する注意も必要となる.WHO,米国CDC,国立感染症研究所,厚生労働省検疫所FORTH,国立国際医療研究センターや東京医科大学の渡航外来情報のホームページなどを参考に,常に,最新の疫学情報を入手し,適切なリスク評価に基づく診療が重要である.