コラム「医療通訳の課題」

医療通訳の課題

 外国人観光客が病院を訪れても,ほとんどの総合案内では英語さえ通じず,電話の交換手も日本語しか話せないことが多い.「通訳を連れてきてください」と言われることも珍しくないが,医療通訳者を派遣しているNPO団体や国際交流協会などと普段から連携していなければ,すぐに通訳者をよぶのは難しい.言語によっては通訳者の数は限られ,希望日に通訳者の予定が空いているか,移動時間,通訳内容の難易度など考慮すべきことが多く,調整役も大変である.通訳を有料にすると日本語がある程度話せる在留外国人は通訳を頼まず中途半端な理解で診療が進むこともある.安全な医療を行うためには,医療通訳者の同席を促す仕組みが望ましい.
 患者に同伴する通訳者は,それぞれ背景が異なる.時には家族で一番日本語が上手な子どもが,学校を休んで来ることもある.しかし,男の子が婦人科で通訳したり,流産やがんの告知をしたりすることは精神的負担が大きく,真実を言えないこともある.職場の担当者,ツアーコンダクター,航空会社のスタッフ,ホテルマンなどは,場合によっては会社側に有利な通訳をする可能性がある.そして何よりも,診療でよく使う単語を勉強していなければ咄嗟に訳せず,患者にも医師にも正確に伝わらない.
 政府は2020年のオリンピック・パラリンピックまでに医療通訳の評価体制の構築を公約として掲げている.これまではNPO団体や地方自治体が,人道的な観点から草の根運動的に医療通訳者を募り派遣してきたが,財源が乏しいために十分な研修も提供できず,ボランティア精神旺盛な言語話者たちの好意に頼っているところが多い.現状では平日でも動くことができ,経済的に余裕がある人でなければ単発の医療通訳は続けにくいため,成り手は少ない.外国人の集住地域や外国人顧客相手に常に医療通訳者が必要な場合は,医療機関や会社が医療通訳者を雇用することもあるが,大半は報酬が低いのに高度なスキルや重責を求められるため継続が難しく,これまで多くの優秀な通訳者が医療現場から去って行った.
 医療通訳者は背景もレベルも様々であり無償で奉仕している人もいるため,統一基準を設けて足並みを揃えるのは難しい.医療安全の観点から,医療通訳者には守秘義務や会話は内容に忠実にすべて訳すなど,医療通訳の基本や倫理を受講してもらうべきだろう.現在はボランティアベースが多いため,難易度が高い内容については引き受けないと最初から銘打っている派遣機関もある.誤訳により重大な事象を引き起こす可能性もあるため,できる範囲内で協力してもらえるよう,医療従事者側も簡単で分かりやすい日本語で説明するなどの配慮が必要である.