コラム「外国人患者を診察する際の問題点~産婦人科における医療文化の壁~」
外国人患者を診察する際の問題点~産婦人科における医療文化の壁~
日本の母体保護法では,経済的な理由が母体の健康を著しく害する恐れのある場合は中絶を認めているが,この理由では認められない国も少なくない.昨年,国民の8割がカトリックとされるアイルランドで国民投票により中絶が合法化され話題になったが,中絶擁護派と反対派の言い分は論点も異なり,ひとくくりには語れない.
医学的なことは全世界で大差がなくても,昔から継承されている慣習や信仰は人々の生活に溶け込んでおり,そう簡単には変えられない.特に出産や育児に関しては継承されるしきたりを重んじる傾向があり,異文化を否定すると信頼関係を損ねかねないため,発言には注意したい.
妊娠中の認識で異なるのは,体重の増加である.日本では太り過ぎないよう健診のたびに注意されるが,中国から来日した女性が,妊娠中毎日卵を10個食べ,出産時には胎児も巨大化していたことがある.中国では妊娠すると大事に扱われ,日本のように妊婦に家事をさせるのは虐待に等しいと本人が言っていたので,家で動かず食べてばかりいたのだろう.普通分娩は危険だと主治医が判断し帝王切開を勧めたが,妊婦の母親が反対した.通訳者によると,自分も巨大児を普通に出産したのに手術をするのは病院が儲けるためだろうと疑心暗鬼になっていたそうだ.このように,自分の常識と違うことを提案された場合,外国人だから差別を受けているのではと思いがちだ.幸いにも医療通訳者が元中国の医師だったので,説明して同意を得ることができた.帝王切開で子どもは無事に生まれたが,母親が妊婦に食べさせるために胎盤が欲しいと言い出した.日本では胎盤は感染性廃棄物として取り扱われるのでわたせないと説明したが,母親は不満げだった.
他にも,中国では産後1カ月は安静が必要で,身体を冷やす冷たい食事や飲み物はご法度,水に触れないようシャワーやお風呂も禁止,外出もしないなど聞く人によっては滑稽に思うかも知れない.しかし,これらは古くからの体験談に基づく女性が生き抜いてきた知恵であり,それが慣習となって引き継がれてきたのだろうから,医学的根拠がないと一笑に付すのは失礼に当たるのではなかろうか.妊娠・出産はそもそも病気ではなく保険適用外であり,医療者の役割は女性が無事に出産できるようフォローし,必要時には介入することではないだろうか.
各国の文化の違いが色濃く表れる妊娠,出産,育児に関しては,国や宗教によって当たり前とされる物事は多彩であるため,相互理解と歩み寄りが必要だ.同じ宗教でも信仰心の度合いによって患者ごとに禁止事項も違うため,各自とコミュニケーションを図り確認することが重要だと思われる.考え方や表現法も違うため異文化コミュニケーションは大変だが,新たな見解や知識が増え,視野が広がることが外国人医療の醍醐味でもある.言葉も通じず不安に感じている外国人患者に,笑いかけて日本語で声掛けするだけでも相手は嬉しいと思う.外国語を話せないからと避けるのではなく,医療従事者として患者を気遣っていることを態度で示すところから始めてほしい.