劇症型A 群溶血性レンサ球菌感染症による母児死亡に対し,損害賠償が命じられた事例 〈T 地裁 2011 年9月〉

1.事案の概要

 原告Aの妻,妊婦B(36歳経産婦,妊娠38週)は,発熱(39.3度),下痢,嘔吐,悪寒を主訴に 2005年W月X日9時30分頃,被告D医院(院長E)を受診した.産科的には問題は指摘されず,ウイルス性胃腸炎と診断され,輸液とアセトアミノフェンの投薬が行われた.頸部と胸部に発疹があることを看護師Fが報告したが,医師Gの診察後に経過観察された.12時に分娩監視装置が装着され,180~190bpm の胎児頻脈を認めたが,妊婦Bが仰臥位で苦しいと訴えたため,11分間のみの装着で終了した.13時30分,体温は40度,腹部緊満感を認めたが,胎児心音ドプラでは異常を認めなかった.14時19分,5分ごとに陣痛を認めたため,2回目の分娩監視装置が装着され,重度の胎児機能不全と診断,常位胎盤早期剝離を疑い,胎児の状態から 高次施設に搬送する猶予がないと考え,D医院で緊急帝王切開術を施行することとし,他施設から小児科医H の応援を求めた.この間,体位変換や酸素投与は行われなかった.小児科医H の到着を待って15時43分に手術開始,出生した児のアプガースコアは1点(5分値)で,蘇生に反応なく間もなく死亡した.帝王切開時の総出血量は2,200mLで,術中に100~200mLの吐血と低血圧が認められた.16時18分に手術終了後,すぐに妊婦Bは高次施設I へ搬送され,集学的治療が行われたが,産褥1週間で死亡した.搬送先での血液培養でA群溶血性レンサ球菌(GAS)が検出され, GASによる劇症型敗血症性ショックによる死亡と診断された.

 

2.紛争経過と裁判所の判断

 原告は,母体に対する適切な診断および治療などを行っていたら母体を救命できた, 分娩監視装置による十分な監視を行い早期に児の異常に気づき帝王切開が実施されていたら児を救命できた,などと主張して損害賠償請求した.

 裁判所は,以下の争点①②について次のように判示し,児の管理,帝王切開の実施についての過失を認め,6,800万円の損害賠償を認容した.

①母体に対する適切な診断および治療などを行っていたら母体を救命できたか

 劇症型GAS感染症は極めて稀な疾患であるため,受診した時点で診断できなかったことは注意義務違反とはならない.本事例の臨床経過には劇的なものがあり,過去の救命例はより軽症であったと考えられるため,治療したとしても救命できたとは考えにくい.

②分娩監視装置による十分な監視を行い,早期に児の異常に気づき帝王切開が実施されていたら児を救命できたか

 発熱物質や細菌毒素は容易に胎盤を通過して胎児に直接作用するため,早めに対処することが必要である.児の状態が良好でなければ急速遂娩を考慮する必要があるため,胎児の健康状態を十分に把握する必要があるにもかかわらず,D医院は十分な胎児の監視をしていたとはいえない.過強陣痛によって引き起こされた低酸素・酸血症が胎児機能不全の原因であり,十分な分娩監視が実施され,早期に児の異常に気づき帝王切開が実施されていたら,救命できた可能性があった.

 

3.臨床的問題点

対応策

 劇症型GAS感染症の特徴は,症状の顕在化から極めて急速に病態が進行することであり,母児ともに救命が困難な事例が多く,感染症に関連した妊産婦死亡の原因菌の第1位である.妊婦が38度以上の発熱を訴えて受診した際には,劇症型GAS 感染症を鑑別診断として考える必要がある.常位胎盤早期剝離に類似した臨床像で急激に分娩が進行するとともに,胎児機能不全,胎児死亡に至ることが多く,母体の状態の確認だけでなく,児の well-being の確認も重要である.

 

4.法的視点

 裁判所は,母体の劇症型GAS感染症の診断と治療については,稀な疾患であり, 急激な経過を辿ったため,受診した時点で診断できなかったことについての過失と母 体の救命可能性(因果関係)をいずれも否定し,原告の請求を棄却した.一方で,胎児の管理については,分娩監視が不十分であったことおよび帝王切開実施の判断が遅れたことについての過失と児の救命可能性(因果関係)を肯定し,原告の請求を認容した.

 本件類似の事案で,児の well-being の確認が不十分な状況にあって必要な分娩監視を行っていないことについて過失があると判断されることは止むを得ないとしても,救命可能性(因果関係)については,具体的な事情によっては異なる判断がなされる可能性が高い.本件の具体的な事情や裁判所に提出された証拠などは不明であるが,因果関係(救命可能性)に関する双方の主張の組み立てや,医師の意見書,医学文献などの証拠の内容が,結論に影響を与えたものと推認される.