子宮内反症を筋腫分娩と誤認し対応が遅れた事例 〈C 地裁 2002 年9月〉
1.事案の概要
平成6年2月X日 産婦(原告TK)は妊娠39週で吸引分娩により,17時58分 3,470gの男児を出産した.18時 20分,癒着胎盤気味で胎盤が娩出されたが,直径60㎜の白色の硬い腫瘤が下垂したため,筋腫分娩と判断し,それを子宮腔に押し込み,子宮口を縫合しガーゼで圧迫した.翌日11時 Hb4.2g/dLで,出血は1,500mL となり濃厚赤血球 800mL を輸血している.産褥6日で退院したものの,産褥29日に出血が止まらないとして受診した.この際「粘膜下筋腫による出血であり子宮を摘出しなければ止血しない」と説明されている.産褥 32日J大学を受診し,子宮内反症と診断され直ちに入院となり,翌日同病院で整復を試みるも不成功となり,開腹した後再度整復を試みたが,子宮穿孔を起こし,最終的に子宮摘出となった.
2.紛争経過と裁判所の判断
産婦は本件被告S医師の発見の遅れと,そのために子宮摘出となったとして訴えたものである.これに対して医師は,「臍帯の牽引はしていない.分娩後,超音波検査などで子宮の存在が示されていたので内反ではなく,粘膜下筋腫の筋腫分娩であった」として争った.
裁判所は,次のように判示して,原告の精神的苦痛に対する慰謝料 700万円,弁護士費用 70万円を認めた.
被告の S医師には胎盤の娩出に当たって,臍帯の牽引について注意義務違反があった.また,分娩時原告の子宮口から隆起物が出てきた際,内反症を看過し,内反状態の整復を行うなどの適切な処置を行わなかった.原告は,S医師の過失行為により子宮内反症を発症し,直ちに適切な処置がされなかったことにより,子宮摘出を余儀なくされたものと認められるから,被告には,子宮摘出により原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである.
3.臨床的問題点
子宮内反症はその大多数が分娩時に発症するが,本事例は激痛,大量出血,ショッ ク症状を呈するとされている典型的な症状とは異なり,約1カ月安定した状態であり, 分娩後約1カ月して,子宮内反症と診断されて入院となり,整復が行われたが成功せず, やむなく子宮摘出が行われた.J大学受診時,子宮内反状態であったことは争いがなく, 内反部分に絞扼輪が形成され,子宮底部への血液供給を減少させたと推測される極めて幸運なケースであったとみるのが相当である.
分娩時発症の子宮内反症を疑うには,まず腹部の触診で当然触知するべき子宮底が触知できないこと,そして超音波検査を行うことで子宮の内反状態を確認することが重要である.そして,子宮内反症と診断した場合には可及的速やかに修復を試みることになるが,1次施設などの場合,高次施設との連携も大切である.
4.法的視点
本件では原告の精神的苦痛に対する慰謝料として認められている 700万円は,比較的高額と言える.これは,原告が本件当時 23歳と若年であり,今後出産することができなくなったことにより強い喪失感を覚えていること,子宮摘出を契機として夫と離婚したが再婚する場合にも子宮を摘出したことを相手に打ち明けなければならないことは辛いと感じていることなどの事情が考慮されたことによるものである.
本件のように,子宮,卵巣などのような妊孕性や乳房など整容にかかわる時には,比較的高額な慰謝料が認められる場合がある.