帝王切開後の出血性ショックに対して高度医療施設への搬送が遅れた事例 〈T 地裁 2003 年6月〉
1.事案の概要
1回経産,身長 155㎝.2002年6月X日(妊娠38週1日)前期破水で入院.前回帝王切開分娩であったため,帝王切開の準備を行ったが,産婦の希望で一応経腟分娩を行うこととした.23時45分オバタメトロ110mL挿入.
6月X+1日
11:30 メトロ脱出したが児頭下降しないため帝王切開を実施することとした.
12:10 腰椎麻酔で手術.3,395gの男児.アプガー10点.出血量(羊水含み)1,328g
13:15 血圧 124/80㎜Hg,脈拍 90/分,この時点から気分不良,呼吸苦,眩暈などを持続的に訴えた.
15:05 血圧 110/60㎜Hg,脈拍 90/分.
15:55 呼びかけに応答なし.Hb 8.3g/dL.超音波検査.
17:10 血圧 76/46㎜Hg,脈拍 150/分,意識不明.救急車で搬送.
17:33 F医療センターに入院.直ちに開腹,腹腔内出血.帝王切開の子宮壁切開創右側から下方にかけて裂創,縫合不全.子宮摘出実施.20単位輸血.
意識障害,運動障害高度で心身障害を後遺している(寝たきり状態).
2.紛争経過および裁判所の判断
裁判所は,以下のように判示して医師の過失を認め,2億1,721万251円の損害賠償を認めた.
帝王切開術後から創部の出血は徐々に進行し,産婦は手術直後から持続的に,めまい,気分不良,軽度の呼吸苦を訴えているうち,15時5分からは,意識がやや不明瞭となり,脈拍も高まっており,これらの症状は腹腔内出血を疑わせるものであった.16時頃には脈拍が140とさらに上昇していたことも考え合わせると,遅くとも16時の時点で, 被告医師らは,原告 M の腹腔内出血を疑って,これに対する適切な措置をとるべき(救急病院へ搬送すべき)であった.被告医師は16時40分に至って,ようやく救急病院への搬送の手配を始めた(実際に医療センターに搬送を依頼したのは17時10分)のであって,このように手配が遅れたことについて過失がある.
3.臨床的問題点
対応策
本症例は,早期の段階で高度医療施設へ搬送すべき事例であり,臨床経過からすると,遅くとも16時の時点で,腹腔内出血を疑って搬送すべきであった.
4.法的視点
裁判所は診療当時の医療水準に照らして過失の有無を判断する.
今後は,本件のような帝王切開術後の出血性ショックの事例において,裁判所は, 法的に求められる医療水準や過失の有無を判断するに際し,「産科危機的出血への対応指針2017」記載の指針が参考とされるものと考えられる.
なお,本件では,2億円超もの高額の損害が認められているが,これは高度の意識障害,運動障害を遺したことから,将来の介護費用,逸失利益(得られたはずの利益),慰謝料などが高額となったことによるものである.