常位胎盤早期剝離で分娩後に出血性ショックにより死亡した事例 〈F 地裁 2007 年 12 月〉

1.事案の概要

 39歳の1経産婦.A医院で妊婦健診を受けていた.2003年1月X日,妊娠36週で妊娠高血圧症候群と診断された.1週間後,自宅にて突然の出血(血液の塊)と下腹部痛が出現したため,救急車でA医院に午前11時40分緊急入院した.入院後, 常位胎盤早期剝離(以下,早剝)疑いで速やかに帝王切開が行われた.午後0時0分に児娩出.術中出血は769gで,術中より,細胞外液や膠質液の点滴が投与された(午後3時20分までに計3,000mLの補液が行われた).午後2時20分,ハイドロコートン投与,血圧 145/120㎜Hg,体温34.6度,出血91gだった.午後3時20分,血圧140/95㎜Hg,脈拍125回/分であり,ミラクリッド10万単位投与を開始した.午後4時25分,顔色は不良で頻脈を認め呼名に反応はあったが,午後4時35分には声かけ・刺激に反応しなくなった.午後4時55分血圧115/65㎜Hg,体温35.3度,尿量20mL 顔色不良であり声かけ・刺激に反応ないため母体搬送を決定した.3病院に問い合わせを行い,搬送決定したのが午後6時10分であり,至急,救急車を手配した.午後6時16分,血圧69/34㎜Hg,エフェドリン1㏄静脈注射し,午後6時49分, B大学病院救急部ヘ搬入した.搬入時,JCS100,脈拍150回/分,血圧測定不能であり, 重度貧血,重度アシドーシス,出血性ショックとそれに併発した重症DICと診断され, 緊急大量輸血輸液療法が行われた.翌日,意識は明瞭となったが,腎障害・肝障害が現れ,分娩8日後,腎不全および肝不全と診断された.その後,MRSA感染症,敗血症も併発し,徐々に全身状態が悪化し,分娩35日後,多臓器不全により死亡した.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 死亡から約2年後,患者遺族が A医院をDICやショック状態の原因は早剝であり, 出血性ショックに対する処置や転医措置が遅れた過失があると提訴(請求額約5,000万円)した.

 裁判所は,以下のように,被告医院には出血性ショックに対する処置・転医措置が遅れた過失があるとして約3,300万円の請求を認めた.

①遅くとも午後4時25分頃には出血性ショック発症を疑い,緊急輸血などの対処をするか,転医すべきであった.

②遅くとも午後5時頃までに他院へ搬入されていれば,現実の死亡時点においてなお生存していた高度の蓋然性があると認定され,被告医院は出血性ショックに対する処置・転医措置が遅れた過失があるとして約3,300万円の請求を認めた.

 

3.臨床的問題点

 本事例は,早剝で帝王切開を行った後に,計測上は出血量も多くなく,血圧低下もないにもかかわらず,現実的には出血性ショックの状態があり,そのことを認識しない状態で十分量の補液や輸血準備を行わないで経過を見ていくうちに病状が一気に悪化し,呼吸障害や意識障害も併発したものと考えられる.産婦人科でのショックの場合には,補液,輸血,凝固因子の補充が不可欠で,必要な検査が行えない状況であったとすると,搬送を考慮するしかない.搬送の遅れは本事例のように重大な結果につながることを再認識する必要がある.

 手術時や術後,産後の出血量の正確な把握は難しいため,産科危機的出血への対応ガイドライン(2010)および対応指針(2017)ではショックインデックス(収縮期血圧/脈拍数)を用いて出血量を推定するように提唱している.

 

4.法的視点

 適切な補液,輸血などの対処を行うべき義務,転医義務に違反したとして,医師の過失が認められ,またこれらの過失と患者の死亡との間の因果関係が認められたことにより,原告の請求額に近い損害賠償が認められた.

 本件は,2003年の事例であるため,裁判では前掲のガイドラインまたは指針には言及されていないが,現在は,同様の事例において原告または被告から同ガイドラインまたは指針が証拠として提出され,裁判所の判断に影響を与えることが多い.