日本産婦人科医会が創設されて以来,2019 年 4 月で 70 周年を迎えた.その間, 本会は,優生保護法とそれに代わる母体保護法の問題を,その時代ごとに解決 してきた.他の最大の課題は,高い妊産婦死亡数と,多い脳性麻痺児の出産を いかに防止するのかということであった.各時代ごとの医会会員の努力の結果, 確かに妊産婦死亡数は年々減少してきたが,本格的な「妊産婦死亡を減らす取 り組み」は,本会の医療安全部が,平成 22 年(2010 年)から始めた妊産婦死亡 報告事業と 24 名の関係する多職種の委員で構成された「妊産婦死亡症例検討 評価委員会」の活動から始まった.この症例検討結果から,再発予防対策とし て「母体安全への提言」を毎年作成し,ホームページで公開し,再教育の資料 としてきた.それに加えて,平成 27 年(2015 年)からは,医会医療安全部内に, 母体急変場面に遭遇した時の医学的対応を学ぶ「日本母体救命システム普及協 議会(J-CIMELS:Japan Council for Implementation of Maternal Emergency Life Support System)」が,救急医と協働する形で発足した.ベーシックコー ス講習会は 700 回を数え,分娩を担当する産婦人科医,助産師,看護師など の受講者は 12,000 人を超え,すべての都道府県で行われるようになっている. その結果,過去 10 年間を振り返ってみても,妊産婦死亡数は,過去数年間 40 ~50 件と国際的に最少のレベルをキープしていたが,近年,妊産婦死亡原因 の中で,最大の原因であった産科危機的出血の発生は 10 年前の 29%から直近 では 12%へと半減した.
 このような,最も困難であった「産科異常出血への対応」が近年具体的に なったことから,今回の No.103 研修ノートのテーマとした.「産科異常出血」 (obstetrical hemorrhage)という用語は,産科婦人科用語集・用語解説集改訂 第 4 版から採用されたもので,分娩前,分娩時,分娩後の産科異常出血に分類 される.これは,hemorrhage を出血と訳すよりも異常出血と訳した方がよい とされたことによると思われる.「産科危機的出血」も「産科異常出血」に含まれ,最新の対応指針について分かりやすく解説した.
「産科異常出血」の各論においては癒着胎盤,羊水塞栓症など,定義や疾患概念のみならず,最先端医療であっても,誰でもができる,安全な確実な取り扱い方法を記述してある.
 従来の産科異常出血への対応は経験に基づいていただけに,施設によって異なることが多かったと思われる.しかし,母体緊急時の対応は,科学的理論と 証拠に基づいた実践を通して,対応の ABC が作成された.
 最後に,貴重な時間を割いて執筆にあたっていただいた諸先生方には深甚なる謝意を表したい.また,執筆・校正・編集などにあたっていただいた研修委員会の先生方,医会役員の諸君に深く感謝する次第である.

令和2年1月 会長 木下 勝之