頻回の吸引分娩で出生した児が,帽状腱膜下血腫のため死亡した事例 〈F 地裁 2007 年 10 月〉

1.事案の概要

 原告Aは,29歳の4回経妊1回経産婦である.第1子の分娩では38週に前期破水を起こし,陣痛誘発に反応しなかったため帝王切開が行われ,2,566gの男児を出産している(他院).

 第2子(本児)の分娩に際して,Aは経腟分娩(VBAC)を強く希望し,2006年1月,38週4日で被告B医院に陣痛発来のため入院した.同日午前10時40分に人工破膜を行い,経過観察したところ午後11時42分に子宮口全開大した.この時点で吸引分娩適応と判断し,分娩準備を行い,11時56分,吸引分娩を開始した.翌日午前0時6分から子宮底圧迫法(クリステレル胎児圧出法)も併用し,最終的に,2回の滑脱を含め,8回の吸引分娩を実施し,0時22分,児を娩出した.児は3,060gの男児で, アプガースコアは1分後3点,5分後9点であった.新生児はその後に徐々に徐脈となり午前3時に新生児搬送となるが,同時刻頃に死亡した.帽伏腱膜下血腫という診断であった.

 

2.紛争経過および裁判所の判断

 2006年8月,A夫妻は,①適応を満たさない吸引分娩を行った過失,②過度の吸引を行った過失の2点を理由に5,200万円の支払いを求めて提訴した.

 B医院は,VBACは原告Aの強い希望であったこと,吸引分娩の適応はあり,吸引も過度ではないことを主張して争った.

 吸引回数が過度であったことは否定できないとして有責を前提とした裁判所の和解案に沿って,和解が成立した.

 

3.臨床的問題点

 現行の産婦人科診療ガイドライン産科編2020のCQ406-1「吸引・鉗子娩出術の適応と要約,および実施時の注意点は?」では「吸引娩出術中に以下のいずれかになっても児が娩出しない場合は,鉗子娩出術または帝王切開術を行う.1)総牽引時間(吸引カップ初回装着時点から複数回の吸引牽引終了までの時間)が20分を超える,2)総牽引回数(かつ脱回数も含める)が5回」のAnswerがある.本事例はガイドライン発刊前の事例ではあるが,26分にわたり8回の吸引が行われており,そもそも吸引分娩の適応と要約が順守されていたか疑問である.吸引分娩や鉗子分娩を行う場合には,適応を守り,確実に分娩にもっていける状態(児頭の高さ)で,決められた範囲(吸引回数,所要時間)で行うことが重要である.

 

4.法的視点

 裁判では,各種の診療ガイドラインや指針などを参考にしながら,問題となる医療行為について本来求められる具体的な水準を判断した上で,当該事件では求められる医療水準に見合った診療を行っていたかどうかにより過失の有無が判断される.

 本件は2006年の事例であるが,現在であれば過失の有無を判断するに際し,現行の産婦人科診療ガイドライン産科編2020の記載内容が重要視されるものと考えられる.したがって,同ガイドラインの記載に従った妊娠分娩管理を行わず医療事故が発生した場合には,その合理的な理由がなければ,過失が認められる可能性が高くなることに留意されたい.