ポイント
- 産婦人科的に説明がつかない腹痛は他科疾患も考慮する.腹膜刺激症状を伴う場合は緊急対応を要する.産直後の腹膜刺激症状は子宮破裂も除外する.
- 突然の過去に経験したことのないような頭痛や神経症状を伴う頭痛を認めた場合は『緊急性の高い頭痛』と判断し,CT検査または脳神経外科処置が可能な施設に搬送を検討する.
- 「突然の強い」,「胸骨の背面辺りの漠然とした範囲」の「圧迫されるような」痛みは心血管疾患を疑いモニタリングを強化する.加えて血圧低下や呼吸困難があれば,緊急対応を要する.
- 突然の強い呼吸困難は,肺血栓塞栓症や羊水塞栓症,アナフィラキシー,心血管疾患を考慮する.強い胸痛,血圧低下,頻呼吸,SpO2低下のいずれかを伴えば緊急対応を要する.
- 産褥期に増悪する呼吸困難があれば,産褥心筋症を除外する.
- 分娩・産褥期は女性の身体はドラスティックに変化が起こる時期であり,時に不快な症状として発現する.例えば,腹痛,頭痛,胸痛,呼吸器症状,精神症状などが多く経験される.その多くは生理的変化の範疇であり,経過観察可能である.
- 症状によっては合併症を併発している可能性があり,その一部では専門医にコンサルトが必要となる.本稿ではそうした症状についての概要を述べる.
1 )産褥期の腹痛
- 産褥期には様々な原因で腹痛が起こる.
- 最も多いのは,後陣痛や帝王切開後の創部痛であり,これらは鎮痛薬の投与により経過観察を行う.
- 産直後に腹膜刺激症状を呈した場合は,子宮破裂による腹腔内出血の除外も必要である.
- 一方で婦人科的異常としての腹痛では子宮内膜炎や帝王切開後の創部感染の可能性があるため,局所圧痛の有無や採血検査の結果を参考にし,それらが疑われる際には抗菌薬投与を行う
- 子宮筋腫がある症例では変性痛が原因となることもあるため留意が必要である.
- 産科的診察においてこれらが否定的な場合には,虫垂炎の可能性やウイルス性腸炎や胆石症,便秘などの内科的疾患の可能性があり,これらを疑うような所見がある場合には外科医師,内科医師にコンサルトする.同様に,もともと潰瘍性大腸炎などの基礎疾患がある場合にはその増悪の可能性を考えて専門医にコンサルトする.特に腹膜刺激症状を伴う場合は緊急性が高いと判断する.なお,一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,各地域の状況を鑑み,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.
2 )分娩・産褥期の頭痛
- 分娩中は血圧が大きく変化するタイミングであり,強い頭痛を訴えている場合には脳出血などの緊急対応が必要な危険な二次性頭痛の可能性があるため,頭痛が改善しない場合には緊急でCT検査をして脳神経外科などの専門医にコンサルトする.
- 一般的に『緊急性の高い頭痛』としては,①「突然の過去に経験したことのないような頭痛(クモ膜下出血を疑う)」や,②「手足のしびれや麻痺などの頭痛以外の神経症状を伴うもの(脳出血を疑う)」,③「発熱を伴う頭痛(髄膜炎や脳炎などの感染などの可能性)」が挙げられ,特に①②についてはCT検査ができない場合は直ちに脳神経外科処置が可能な高次医療機関への搬送を検討する.③についても発熱が産科的原因で説明できない場合は内科医にコンサルトする.
- なお,一次施設の場合は,高次医療機関と連携をとり,検査内容を含めた対応を検討する.
- 産褥期の頭痛は珍しい症状ではなく,しばしば経験される.多くは産後の急激な身体的・環境的変化におけるストレスや睡眠不足からくる頭痛であり,鎮痛薬で対応する.
- 無痛分娩や帝王切開後2~3日以内に起こり,起立時に増悪する頭痛があれば硬膜穿刺後頭痛の可能性がある.保存的治療が第一選択となるが,症状が強い場合には硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ療法)を検討する選択肢があり,通常麻酔科医にコンサルトする.
- また,産後は血圧の変化が不安定になることから脳出血のリスクもやや高いと考えられるため,二次性頭痛を疑う激しい頭痛があった場合には,分娩時の対応と同様に,速やかにCT検査を行い脳神経外科医などの専門医にコンサルトする.なお,一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,各地域の状況に鑑み,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.この際も上記の『緊急性の高い頭痛』には注意する(図3).
3 )分娩・産褥期の胸痛
- 産褥期の胸痛は多くは乳腺炎による痛みである.軽度のうっ滞性乳腺炎の状態であれば乳房マッサージのみで改善することも多いが,手技が難しい場合もあるので産 褥婦自身が行って改善がみられない場合には外来受診を促して助産師によるマッサージと指導を行う.
- また,乳房全体の硬結・圧痛・熱感などを伴う場合には感染性乳腺炎に対する抗菌薬の投与が必要であり,膿瘍を形成している場合には切開排膿を行う.
- 乳腺ではなく胸郭が痛む場合には,重篤な疾患である可能性があるため慎重に判断する.産後でも心筋梗塞や大動脈解離の報告があるほか,メチルエルゴメトリンで は重篤な虚血性心疾患またはその既往歴のある患者に投与すると冠攣縮の誘発が知られている.また,特に突然発症して呼吸困難を伴う場合には肺血栓塞栓症を疑い, 循環動態を確認しつつ循環器内科や救急診療科にコンサルトを行う.
- 心血管疾患による疼痛は「突然の強い痛み」「胸骨の背面辺りの漠然とした範囲の痛み」「圧迫されるような痛み」であることが多い.大動脈解離では解離部位によっ ては喉の辺りの痛みを訴えることもある.このような痛みがあれば循環器内科や救急診療科にコンサルトを考えるとともに,バイタルのモニタリングを強化する.余裕があれば12誘導心電図を確認する.
- 胸痛に加えて血圧の低下や呼吸困難があった場合は,緊急で循環器内科や救急診療科の応援が必要であり,院内で対応できない場合は直ちに母体心血管疾患の診療が 可能な施設に搬送が必要となる.こうした胸部救急疾患は,産褥だけではなく分娩中に発生することもあり,分娩中であっても症状が強い場合には速やかにコンサルトを行う.一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,各地域の状況を鑑み,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.
4 )分娩・産褥期の呼吸器症状
- 産褥期には通常子宮の圧迫が解除されるため,呼吸状態は楽になることが多い.しかし,突然に発症する呼吸困難や,産後になっても増悪する呼吸困難は呼吸循環器疾患を疑う.
- 妊娠関連では,妊娠高血圧症候群を合併していた褥婦などでは分娩直後には肺水腫の状態になっており呼吸困難を訴えることもある.また,突然強度の呼吸困難が発症した場合には肺血栓塞栓症や羊水塞栓症,アナフィラキシー,心血管疾患の可能性があるため,循環動態に気を付けながら循環器内科や救急診療科にコンサルトを行う.
- 突然の強い呼吸困難,強い胸痛,血圧低下,頻呼吸,SpO2低下のいずれかを伴う場合は単科施設での管理は困難と考えられ,緊急搬送を考慮する.これらの疾患は典型的には出産直後が多いが,分娩中での発生も報告されていることから,分娩中に呼吸困難を認めた場合にも同様に対応する.さらに,数日間程度の経過で徐々に呼吸困難が出現し,全身の浮腫が著明に亢進している場合などは周産期心筋症を発症している可能性がある.周産期心筋症は重症例では母体死亡リスクもあるため,疑われる際には循環器内科にコンサルトが必要となる.一次施設では,精密検査の施行や専門医にコンサルトが必要な場合,各地域の状況を鑑み,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.
5 )産褥期の精神症状
- 産後は妊娠中に高値であったエストロゲンやプロゲステロンの分泌がほとんどなくなることや,産後激しく変化する環境への対応によりマタニティブルーズが発生しやすいことがよく知られており,本邦での発症率はおよそ30~50%ともいわれている.近年では産後貧血もその一因となっているのではないかとされている.
- マタニティブルーズの一部は産後うつへと移行していくが,産後うつによる自殺は本邦での産後女性の死亡原因1位であり極めて重要な問題である.
- このようなことを予防するため,産科医療従事者としては早期から介入していく必要があり,産褥1カ月健診時にうつ症状が認められる場合には必要に応じて精神科医や心療内科医にコンサルトすることはもちろんのこと,妊娠中や分娩のための入院中に産後うつのリスクであると感じた場合には積極的にフォローする体制を作っていくことが肝要である(43~51頁参照).