(1)腫瘍医の立場から(鈴木 直)

1 )卵巣機能保護に関するポイント

・卵巣への放射線照射は卵子の数を減少させ,卵巣機能の低下をもたらす.
・総照射線量の増加に伴って,治療後早期からの永続的な卵巣機能喪失状態となる.
・若年子宮頸がん患者において,がん細胞の卵巣転移の可能性が低い場合,卵巣を残すことで,妊孕性温存のためではなく(日本産科婦人科学会の会告では代理懐胎が認められていない),女性ヘルスケアの観点から残存卵巣の機能保護に努める必要性がある.

①卵巣位置移動術(性腺機能温存として)

・閉経前の若年女性において,卵巣を残すことが可能な患者であっても,放射線治療により卵巣機能が根絶してしまう可能性がある.また,術後に摘出検体の病理組織検査の結果,放射線治療が必要となる場合もあり得る.
・卵巣位置移動術は,術後放射線照射による被爆を回避するために温存卵巣を移動し,固定する術式である.
・卵巣位置移動術を行っても,患者の卵巣予備能によってはまた卵巣動静脈の固定状況によって卵巣の機能が必ずしも保持されないことに留意する.
・卵巣を移動する位置は,腸骨稜より頭側1 . 5 ㎝以上の高位に卵巣を移動させた群において,有意に卵巣機能が保持されたという報告がある.
・女性ヘルスケア外来などで,継続的に卵巣機能を評価する必要性がある.

② GnRH アナログによる卵巣保護

・GnRH アナログがアルキル化剤による卵巣毒性に対して予防効果があると報告されて以来,GnRH アナログによる抗がん剤による卵巣毒性保護に関する臨床試験が行われている.
・機序として,FSH 産生の抑制,子宮- 卵巣系の血流灌流の減少,GnRH 受容体の活性化,shingoshine- 1 -phosphate(S 1 P)の発現上昇,胚細胞系未分化幹細胞の保護などが示唆されている.
・近年,諸外国で乳がん患者に対して実施されたランダム化第Ⅲ相試験では,GnRHアナログの使用によって早発卵巣不全の減少と妊娠率の向上に有用性を認めたという報告がある.しかしながら,様々なバイアスの存在などからこれらの試験の結果に対する否定的な意見も多く,現在GnRH アナログの有用性に関しては一定の見解が得られておらず,その使用を推奨するには至っていない.

2 )妊孕性温存手術に関するポイント

・妊孕性温存手術を行ったからといって,確実に生児を獲得することができるわけではないという「生殖医療の限界」と,「原則として何よりも原疾患の治療が最優先となること」について理解を得る必要がある.
・妊娠成立後の周産期管理が必要な場合が少なくない.周産期医や新生児科医との密な連携が重要である.
・倫理的側面から,本領域におけるエビデンスレベルの高い臨床試験が存在していないため,婦人科がんに対する十分に慎重な経過観察(再発の有無)が必要となる.

①子宮頸部円錐切除術

・子宮頸部を円錐状に切除し病変を摘出し,子宮を温存する術式である.
・子宮頸部円錐切除術後の標本で脈管侵襲,両側切除断端,頸管内掻爬組織診のすべてが陰性のIA 1 期以下と確認されれば追加治療は不要である(小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017 年度版,日本癌治療学会編:以下,癌治妊孕性GL).
・円錐切除後の再発率は,切除断端陽性例では9~16 %,断端陰性例であっても2~4%であり,術後も経過観察は必要である.

②広汎子宮頸部摘出術

・広汎子宮全摘出術と同様の切除範囲で基靱帯を切除し,子宮体部は温存し腟断端と子宮体部を縫合して子宮を温存する術式である.
・原則として子宮頸部にとどまる径2 ㎝以下の腫瘍の患者が考慮される(癌治妊孕性GL).
・間質浸潤の程度,脈管侵襲の有無,腫瘍径に応じて,準広汎子宮頸部摘出術+骨盤リンパ節郭清あるいは広汎性子宮頸部摘出術が考慮される(癌治妊孕性GL).
・再発率は同腫瘍径にて広汎子宮全摘後の患者と同率と考えられている.

③卵巣がんに対する妊孕性温存手術

・上皮性悪性腫瘍のⅠA 期およびⅠC 期(片側性)の非明細胞癌G 1 / 2 とⅠA 期明細胞癌,上皮性境界悪性腫瘍のⅠ~Ⅲ期,胚細胞腫瘍ではⅠ~Ⅳ期,性索間質性腫瘍のⅠA 期がその対象となる(癌治妊孕性GL).
・基本的な術式として,患側付属器切除術+大網切除術および腹腔細胞診を行うことが奨められている.なお,上皮性悪性腫瘍に対しては,さらに骨盤・傍大動脈リンパ節郭清(生検)±対側卵巣生検±腹腔内各所の生検も考慮される(癌治妊孕性GL).
・妊孕性温存手術後の再発率は進行期ⅠA 期において分化度がgrade 1 において5 . 2%,grade 2 においては20%となり,進行期ⅠC 期において分化度がgrade 1 において8%,grade 2 においては21%となり患者と家族には再発の可能性に関して説明する必要がある.
・悪性胚細胞性腫瘍は化学療法に感受性が高いため,ブレオマイシン,エトポシド,シスプラチンを用いた術後化学療法が強く推奨されているが,化学療法による卵巣毒性に関して十分理解しておく必要がある.

3 )婦人科がんの妊孕性温存治療について,現状と未来像(表19)

・婦人科がんは,胎児が発育する場である子宮や,卵子の成熟と供給の場であり,かつ女性ホルモンを産生することで女性としてのQOL 維持に関わる卵巣が治療の対象となる.そのため,若年婦人科がん患者は妊孕能と卵巣機能を同時に消失する可能性がある.
・患者は,がん治療開始までの短期間で原疾患の治療に関して,また原疾患寛解後の妊娠・分娩やそれに伴う自身の生活に関してなど,未来の自分を想像し,自分と向き合って,「妊孕性温存療法」を希望するか否かを決定しなければならない.
・患者は,がんの恐怖のみならず,将来自分の子どもをもつことができなくなるという絶望の淵にある.不確実性の中で自己決定に迫られる婦人科がん患者に対しては,早期からの心理社会的ケアの提供が必須となり,臨床心理士の教育が急務である.
・子宮頸がん検診は,究極の妊孕性温存の手段の1 つとなる可能性がある.
・アウトカム(①卵巣機能,②妊娠・分娩,③児の評価,④がんの再発の有無など)を評価することで,より安全な妊孕性温存治療を模索する必要性がある.