(1)虫垂炎
ポイント
- 妊娠中の虫垂炎は臨床所見が典型的ではないことが多い.
- 妊娠中の虫垂炎は重症化しやすいため,速やかな手術が必要である.
- 腹膜炎や穿孔は,流早産の原因となる.
症例
30代初産婦
主訴:右下腹痛
現病歴:妊娠32週1日に上記を主訴に来院.採血後に嘔吐を認めた.
現症:体温37.3℃ 血圧120/75mmHg 脈拍80/分 圧痛不明
検査所見:
経腟超音波所見:頸管長3㎝,funnelingなし
内診所見:帯下白色
血液検査:白血球数13.7×103/μL(好中球数11.8×103/μL)
経腹超音波検査:頭位 胎盤前壁 胎盤肥厚所見なし
胎児心拍数モニタリング:不規則な子宮収縮,胎児健常性は保持
来院後の経過:腹痛は鎮痛を要さない程度であるものの持続し,周産期母子医療センターに搬送された.搬送先の外科で経腹超音波検査で特に所見得られず,必要性を説明し同意のもと,CT検査が実施された.妊娠子宮の背側に約12mmに腫大した虫垂が描出され,開腹虫垂切除術が実施された.術後5日目に退院.妊娠38週4日に正常経腟分娩に至った.
解説
1)診断の手順(図10)
- 腹痛,嘔気・嘔吐などを主症状とする.
- 一般的な急性虫垂炎の簡便な予測ツールとしてAlvaradoスコア(感度81%,特異度74%)がある(表20).
- 妊婦ではAlvaradoスコアが有用でないことも多い.理由として,白血球数増多など含め妊娠特有の変化と重複するものが含まれていること,虫垂の位置が妊娠子宮により移動することなどが挙げられる.
①画像診断
- 超音波検査で虫垂の腫大(約6~7mm以上)や壁の肥厚,周囲の液体貯留などを描出する.正確な評価のためには習熟を要し,妊娠週数が進むとさらに描出が困難になる.
- MRI検査は緊急時に実施が困難な施設は少なくなく,CT検査が選択されることが多い.
- 単純CT検査で病変が描出されない症例では,MRI検査が有用なことがある.
2)実際の管理
- 妊婦は重症化しやすく,原則的には,速やかな手術療法が選択される.
- 穿孔や腹膜炎を来すと,流早産率が増加し妊娠予後は不良となる.
- 妊娠22週以降は早産リスクを考慮し,NICUを併設した周産期母子医療センターでの管理が望ましいが,各地域の状況を鑑み,高次施設と連携をとりながら対応を検討する.
3)新しい知見を踏まえた管理
- 保存的治療で手術のタイミングが遅れると妊娠予後が不良となるという報告がある.
- 低侵襲である腹腔鏡手術が選択されるようになっている.
- 妊娠中の不要な手術を回避する目的でCT,MRI画像診断が実施されてきたが,急性腹症の場合には腹腔鏡手術による診断も選択肢の1つとなってきた.
4)妊娠・妊娠の継続の可否
- 治療が成功すれば基本的には,妊娠継続可能である.
5)治療の胎児への影響,授乳への影響
- 局所麻酔が選択されることが多く,その場合影響はほとんどない.
- セフェム系抗菌薬など周術期の抗菌薬は妊娠中でも同様に使用できるものが多い.