(1)AUB および関連する用語についての解説

  • 異常子宮出血(AUB:abnormal uterine bleeding)とは「妊娠性出血や腟,子宮腟部からの出血を含まない,子宮内腔および頸管からの標準的な月経以外の出血」である.
  • この研修ノートNo.109 では,FIGO やACOG,日産婦と同様に生殖年齢女性(初経後閉経前女性)におけるAUB に対する症状別分類法原因別分類法(PALMCOEIN)を提示した.

 


 女性における「性器出血」は,下腹痛,帯下などとともに,きわめて頻度の高い訴えの1つであるとともに,重大な疾患の前兆であることも少なくない.海外で使用されるAUB は子宮からの異常な出血という意味である.産婦人科を受診する女性の多くは「出血あり」と訴えて受診するが,多くの場合それは性器出血を意味する.性器出血といっても,その出血源が子宮であるとは限らず,腟壁のこともあれば,尿道口や会陰を含めた外陰の可能性もある.

 月経は子宮からの出血であるが,周期や量が正常である限り,AUB には含まれない.ただし,月経が正常であるか,そうでないかの境界は画然とせず,区別は容易ではない.月経は「約1カ月の間隔で自発的に起こり,限られた日数で自然に止まる子宮内膜からの周期的出血」と定義される(産科婦人科用語集・用語解説集改訂第4版 日本産科婦人科学会編).月経の異常である月経異常としては,月経の開始と閉止の異常,月経周期と経血量の異常,随伴症状が挙げられる.そのうち月経周期と経血量の異常は,AUB に相当する.

 以上より,AUB に含まれるものは,女性の性器からの出血のうちの子宮から起こる出血であり,その中で正常の月経による出血の範囲のものを除外したものである.この定義は,FIGO の2011 年の論文1)に即したものでもある.同時にこの論文では,従来使用されていたmenorrhagia,metrorrhagia やdysfunctional uterine bleedingという用語について,定義が曖昧で混乱を招くとして使用しないことを推奨している(表2).なお,出血源が子宮であるか否かは視診や腟鏡診を行うことにより判別可能であるが,その出血が正常の月経を逸脱しているか否かは主観的な判断によることになる.FIGO は同時に,AUB の原因を診断する方法として,PALM-COEIN 分類法を提唱している2).このFIGO によって推奨された用語と分類法は,その後も検討が加えられ,2018 年にさらに適正化された報告が発表された3).

 ところで,日本ではAUB に相当する「異常子宮出血」の他に,「不正性器出血」,「不整性器出血」,「不正子宮出血」という語を頻繁に目にする.むしろ,これらの語は「異常子宮出血」よりも多く使用されている印象をもつ.1970 年代の産婦人科の教科書を開いてみると,不正性器出血の見出しが多くみられる.もっとも,その日本語に対応する英語としては,abnormal genital bleeding や atypical genital bleeding,irregular genital bleeding など様々で統一されておらず,英語が記載されず日本語単独の見出しになっているものもある.

 日本産科婦人科学会(日産婦)編の産科婦人科用語集・用語解説集での扱いをみると,最新の第4版(2018 年)では,「不正性器出血」だけでなく,「不正子宮出血」の見出しも掲載されている.それぞれに対応する英語として,「不正性器出血」に対しては「atypical genital bleeding」が,「不正子宮出血」に対しては,「metrorrhagia,abnormal uterine bleeding」が記されている.第3版(2013 年)では,「不正性器出血」に対して「atypical genital bleeding」,「不正子宮出血」に対して「metrorrhagia」が対応している.この対応は,第2版(2008 年),第1版(2003 年)も同様である.さらに,用語集と用語解説集が分けて出版されていた時代の用語集第4版(1995 年)においても同様である.

 代表的な医学用語辞典である南山堂医学大辞典では,第20 版(2015 年)において,不正性器出血の見出しがatypical genital bleeding の英語とともに掲載されているが,不正子宮出血の見出しはない.しかし,その南山堂医学大辞典も,第15 版(1972 年)まで遡ると,不正性器出血と不正子宮出血の見出しはなく,代わりに子宮出血と性器出血の2つの見出しが立ててある.さらに子宮出血の項は不正子宮出血と同義であり,英語はmetrorrhagia,排卵および月経と全く関係のない不正子宮出血と解説されている.性器出血の項は,子宮または腟より起こる出血すべてを指し,生理的な月経も含むことになっていて,英語はvaginal bleeding とgenital bleeding である.第16 版(1978 年)では,性器出血の見出しはなくなり,見出しは子宮出血のみとなる.その子宮出血の英語はmetrorrhagia で,解説には,一般的には月経以外の不正子宮出血(性器出血)をいう,と記されており,第15 版と類似している.第15 版も第16 版も,不正子宮出血の項目があるが見出しのみであり,解説はなく,子宮出血を見るように誘導している.ところが第17 版(1990 年)では子宮出血,不正子宮出血の見出しはなくなり,初めて「不正性器出血」の項目が英語のatypical genital bleeding とともに登場する.以後,第18 版(1998 年),第19 版(2006 年),第20 版(2015 年)も同様に「不正性器出血」だけが解説の付いた有効な項目となっている(表3).なお,これら6つの版の中に「異常子宮出血」という項目は現れない.

 これらを通覧して気付くことは,まず日産婦の用語集・用語解説集では第4版になって初めてabnormal uterine bleeding が不正子宮出血の英語として採用されたことである.これは第4版が2011 年のFIGO の提唱の後に出版されたためであろう.第4版では,FIGO の提唱を踏まえて,abnormal uterine bleeding がmetrorrhagiaの同義語として初めて採用された.さらにFIGO がmetrorrhagia の使用を推奨しないことになったことから,今後はabnormal uterine bleeding のみとなることが予想される.一方,その日本語として「異常」でなく「不正」となっているのは,英語の訳として厳密には正しくない.「不正子宮出血」は,1972 年の南山堂医学大辞典に用例がみえる古くからある用語である.ただし,この時代「abnormal uterine bleeding」という語はなく「metrorrhagia」であったわけで,「不正子宮出血」は「metrorrhagia」の訳語として充てられたのであろう.そう考えると,英語における使用語の変化に従って,今後はFIGO の推奨するAUB に対して,「不正子宮出血」ではなく「異常子宮出血」を使用するのがよいと思われる.

 「不正性器出血」についてはどう考えるべきか.子宮出血は出血源が明確に示された語であり,患者の診察後に初めて下される診断の語であるのに対して,性器出血は,患者のいう訴えまたは症状といえるであろう.つまり,患者を診察する前にその症状を表現するために,性器出血の語は実用面から必要であり,かつ正常な月経でないものとして「不正性器出血」の語が使用されるようになったと推察される.南山堂医学大辞典第15 版では,「性器出血」の見出しに生理的な月経も含むとある.後年,その中から生理的でないものだけを表現するのに,既に使用されていた「不正子宮出血」に倣って「不正」をつけたのであろう.こうして「不正性器出血」なる用語が作られたものとみられる.なお,これらの資料を通覧したところで,接頭語としての「不整」という語を見出すことはできなかった.「不整脈」などからの類推で「不整性器出血」という語が使用されるのかもしれない.

 では,「不正性器出血」の英語として記されている「atypical genital bleeding」は,海外でも使用されているのであろうか.世界的規模の医学論文検索システムであるPubMed を用いて,「atypical genital bleeding」というキーワードを検索してみると,408 の論文がヒットする.対照的に「abnormal uterine bleeding」による検索では,5,844 の論文がヒットする.その差は歴然である.しかも,「atypical genitalbleeding」でヒットした論文のタイトルと概要を見ると,その多くは,「atypical」または「genital bleeding」という語のそれぞれが独立して検出されたことによりヒットされていて,それらの論文に「atypical genital bleeding」の内容は登場しない.稀に「atypical genital bleeding」について記載されている論文に遭遇すると,執筆者は日本人である.これらの検索から,「atypical genital bleeding」という用語は世界的にみて頻用される用語ではないと推察される.あるいは,日本で用いられるようになった不正性器出血という用語に日本で「atypical genital bleeding」という英語名がつけられたのかもしれない.そのような中に,イタリア語の論文でabnormal uterinebleeding とatypical genital bleeding の違いに言及するものがあるので,その概要に記載された英文を下記に引用する4).

 Abnormal uterine bleeding(AUB)is defined as any atypical genital bleeding originating from the uterine cavity, without the characteristics of normal menstrual period.

 なお,「atypical uterine bleeding」というキーワードで検索すると572 の論文がヒットするが,atypical genital bleeding の場合と同様に,atypical やbleeding に分割した形でのヒットが多い(PubMed での検索のヒット数は2022 年3月時点のもの).

 これらの変遷からみて,現在および今後の用語の使用法としては,子宮からの病的な出血にはFIGO の提唱に従ってAUB(abnormal uterine bleeding)を使用することとし,日本語を「異常子宮出血」とするのが望ましい.ただし,出血が子宮からのものであるか否かは視診や腟鏡診などの診察によって初めて分かることであり,その点が明確になるまでの間は従来の「不正性器出血」を使用してもよいであろう.英語は「atypical genital bleeding」である.また,患者の主訴を表現する場合などには,その出血がAUB であることが判明した後であっても,患者が症状を訴えた時に遡って「不正性器出血」と表現する方がむしろ適切とも考えられる.

 

文献

1) Fraser IS, Critchley HOD, Broder M, Munro MG. The FIGO recommendations on terminologies and definitions for normal and abnormal bleeding. Semin Reprod Med. 29(5):383-390, 2011
2) Munro MG, Critchley HOD, Fraser IS. FIGO Menstrual Disorders Working Group: The FIGO classification of causes of abnormal uterine bleeding in the reproductive years. Fertil Steril. 95(7):2204-2208, 2011
3) Munro MG, Critchley HOD, Fraser IS. FIGO Menstrual Disorders Committee. The two FIGO systems for normal and abnormal uterine bleeding symptoms and classification of causes of abnormal uterine bleeding in the reproductive years: 2018 revisions. Int J Gynaecol Obstet. 143(3):393-408, 2018
4) Motta T, Laganà AS, Valenti G, Rosa VLLA, Noventa M, Vitagliano A, Chiofalo B, Rapisarda AM, Rossetti D, Vitale SG. Differential diagnosis and management of abnormal uterine bleeding in adolescence. Minerva Ginecol. 69(6):618-630, 2017