(2)がんワクチン~ワクチンによるがん征圧(川名 敬)

1 )はじめに

 がんワクチンには多くの意味が含まれるためにしばしば混乱を来す.本稿では,がんもしくは前がん病変に対する治療薬としての治療ワクチン(がん免疫療法)と,がんの発生を抑える予防ワクチン(予防接種)について解説する.予防ワクチンには,ヒトパピローマウイルス(HPV)感染を抑えて子宮頸癌の発生を予防するHPV ワクチンがある.治療ワクチンは,前がん病変に対する治療薬として開発されており,いずれも子宮頸癌を征圧するための近未来戦略である.後述するように,がんワクチンには標的(ワクチン抗原)となる標的分子が必要である.子宮頸癌はHPV が原因であり,HPV 分子がワクチン抗原となり得る.子宮頸癌だからこそ,がんワクチンによる征圧が可能となる(図26).

2 )がん免疫療法(治療ワクチン)

 がん免疫療法の1 つとして“がんワクチン”の開発が進んでいる.がんワクチンは能動免疫療法に含まれ,免疫分子や免疫細胞を投与することで宿主の免疫反応を刺激して間接的に腫瘍細胞を攻撃する.がんワクチンによって,がん抗原を提示し,がん抗原に対する宿主免疫を誘導することによって腫瘍細胞を排除する.ただし,がん抗原が明らかではない腫瘍ではがん細胞に対する特異的な免疫を誘導できないのが欠点である.がんワクチンの臨床研究として,前立腺がんに対するがんペプチドワクチン(プロベンジ®)が2010 年に初めて米国で承認されたが,それ以外に製品化されたがんワクチンは存在しない.
 他にも能動免疫療法には問題がある.悪性腫瘍患者では,腫瘍形成をしている時点で腫瘍内微小環境が免疫抑制状態となり,宿主の抗腫瘍免疫機構が破綻しているために,能動免疫療法単独では,抗腫瘍効果は得られにくい.前項の免疫チェックポイント阻害はまさにその腫瘍内微小環境を改善させることを目的としており,宿主免疫を誘導しやすい悪性黒色腫や腎癌,脳腫瘍に対する有効性が高い.今後,複合的な免疫療法確立が求められる.

3 )子宮頸がんに対するがんワクチン

 子宮頸癌に関しては,ハイリスクHPV が発癌とがん形質の維持に必須であることから,HPV を標的にした治療が期待されてきた.HPV 標的治療としては,HPV の癌蛋白質の機能を阻害する方法と,HPV の癌蛋白質をワクチン(がん)抗原と考え能動免疫療法を利用する方法があり,後者ががんワクチン(HPV 治療ワクチン)である.
 HPV 治療ワクチンは,抗HPV 細胞性免疫を誘導してHPV 発現子宮頸癌細胞を免疫学的に排除する戦略で,これまでに海外で多くの臨床試験(PhaseⅠ-Ⅱb)が実施されてきた.その大部分はHPV のE 7 癌蛋白質を標的分子としている.これらの臨床試験の対象疾患は,いずれもHPV 16 に起因するCIN 2 – 3 がほとんどである(表11).子宮頸癌を対象とした臨床試験はほとんどなく,上述したように腫瘍内微小環境の免疫抑制状態を改善できない状態では抗腫瘍効果が期待できないとされている.そこで現時点では,子宮頸癌に対するがんワクチンは,CIN 2 – 3 を対象としている.
 CIN 2 – 3 に対する先行臨床試験では,E 7 特異的細胞性免疫(E 7 -CMI)を末梢血中に誘導するため,筋肉注射もしくは皮下注射によりワクチン抗原を投与していた.いずれも末梢血中にE 7 -CMI が誘導されていることは確認された.しかし,その免疫応答と臨床的有効性が必ずしも相関しておらず,臨床応用された薬剤は1 つもない.

4 )HSIL/CIN に対する薬物療法の必要性

 20~30 歳代にピークがある初期子宮頸癌およびその前がん病変に対して,施すことができる保険診療は,外科的治療だけであるが子宮全摘術では妊孕性が絶たれる.子宮頸部切除術や子宮腟部円錐切除術では,術後妊娠時には早産リスクが約3 倍高く,帝王切開分娩率,低出生体重児率も約3 倍に上昇する.CIN 3 に罹患する年齢は妊娠分娩を望む年齢に一致することから,治療による周産期予後の悪化は大きな問題である.
 また,子宮頸がん検診で異常を指摘されると,長期通院を要し,外来通院のストレスもある.現代日本社会において,女性の活躍とその後の妊娠・出産の両立は大きな社会的課題であり,子宮頸癌やその前がん病変は大きな影を落としている.

5 )“粘膜免疫を介したがんワクチン”の開発

 CIN 2 – 3 が粘膜病変であることに注目し,粘膜免疫を介したがんワクチンが開発されている.末梢血中(全身免疫)にE 7 -CMI を誘導するために筋肉注射や皮下注射を行うこれまでのワクチンとは全く異なる戦略である.
 子宮頸部上皮の粘膜免疫においては,腸管粘膜にあるパイエル板(GALT:Gut-Associated Lymphoid Tissues)もしくは腸間膜リンパ節が誘導組織であることが知られている(図27).

 GALT や腸間膜リンパ節で教育され,活性化された粘膜リンパ球は,integrinβ 7という特有の表面抗原をもつ.粘膜リンパ球は,末梢血流を通って,全身の粘膜にホーミングする.CIN 患者の子宮頸部上皮に存在するリンパ球のうち約20~40%は,腸管由来のintegrin β 7+T 細胞であり,さらにその含有率が高い場合にCIN は消退しやすい.すなわち,腸管粘膜で教育されたメモリーT 細胞がCIN 2 – 3 病変内に浸潤していくと想定される.
 実際,HPV16のE7を発現させた乳酸菌Lactobacillus case(i E7発現乳酸菌)を用いて腸管とその粘膜リンパ球にE 7 を標的とする細胞性免疫(E 7 -CMI)を誘導し,子宮頸部上皮に濃縮されたE 7 -CMI がホーミングすることを目的とした臨床研究で有効性が示されている(自主臨床試験:POC 試験).HPV 16 型単独陽性のCIN 3 患者(n= 17)で,E 7 発現乳酸菌を1 , 2 , 4 , 8 週に5 日間/ 週,1 日1 回内服したところ,因果関係がある有害事象はなく,至適用量が投与された10 例のうち,8 例(80 %)が12 週間でCIN 2 に退縮した(表12).

 CIN 2 に退縮した群は,非退縮群に比して,明らかに子宮頸部上皮内リンパ球へのE 7 -CMI 誘導能が高かった.
 CIN 2 を対象としたランダム化二重盲検比較試験も解析待ちとなっており,CIN 2 – 3を内服薬で治せる時代は近い.E7発現乳酸菌製剤は安全性が高く,抗がん剤のように専門施設に限定されることなく,クリニックなどのOffice gynecology の1 つの医療になり得る.

6 )子宮頸がん(HPV)予防ワクチンの現状

 現在,全世界的に使われているHPV ワクチンは,HPV 16 , 18 感染(2 価HPV ワクチン:サーバリックス®)もしくはHPV 6 , 11 , 16 , 18 感染(4 価HPV ワクチン:ガーダシル®)を予防できる.子宮頸癌の60~70 %くらいがHPV 16 , 18 型によるため,これらのがん発症は予防できると考えられる.尖圭コンジローマについてはHPV 6 , 11 型が原因ウイルスであり,4 価HPV ワクチンであるガーダシル® 接種によって撲滅されると期待できる.実際,国を挙げてHPV 2 価/ 4 価ワクチンの集団接種を開始した海外諸国では,ワクチン接種開始後3~4 年の時点でワクチン接種世代のCIN 2 – 3 罹患数が約50 %減少している.2 価/ 4 価ワクチンで予防できるHPV 16 / 18 感染に起因するCIN 2 – 3 は全体の約40 %を占めるため,CIN 2 – 3 が50%減少したということは,HPV 16 / 18 起因CIN 2 – 3 に関しては根絶していると言える.
 さらに,米国などではワクチンプログラムに,9 価HPV ワクチン(ガーダシル9®)が入ってきた.9 価とは,HPV 16 / 18 / 31 / 33 / 45 / 52 / 58 の7 つのハイリスクHPV感染(HPV 6 , 11 型を合わせて9 価)を予防できることから,子宮頸癌の90 %以上は発症を予防できることになる.4 価と9 価のランダム化比較試験の結果によると,ハイリスクHPV の感染頻度,高度子宮頸部上皮内腫瘍病変の発生頻度ともに,9 価の方がHPV 31 / 33 / 45 / 52 / 58 型の感染またはそれらに起因する疾患の発症の予防効果が高いことが示された.本邦の検討でも,これら7 タイプのハイリスクHPV が浸潤癌149 例のうち135 例(約90 %)で検出されており,国内においても高率に子宮頸癌の発症予防ができると期待される.