- 偶発合併症に関する知識を持ち,系統だった注意深い診察を行うことが重要である.
以下に診察の手順の一例を示す.
1 )問診
①性器出血の有無
- 妊娠初・中期の異常妊娠では性器出血を伴うことが多いが,他科疾患では認めない.
②腹痛の部位
- 上か下か,正中か左右か,痛みの位置は限局しているか移動しているか.
③腹痛の発症様式と性質
- 発症が突発的か慢性的か,痛みは持続的か間欠的か,自発痛か圧痛か,痛みの程度は激痛,鈍痛,疝痛か.
- 持続的な疼痛は体性痛であることが多く,圧痛点も明瞭で異所性妊娠,付属器炎,虫垂炎などでみられる.間欠的な疼痛は内臓痛であることが多く,平滑筋の攣縮・虚血などで起こり,切迫流早産に伴う子宮収縮や腸閉塞,尿管結石で多くみられる.
④便通,排尿異常
- 便秘や下痢,血便の有無,排尿痛や血尿の有無を聴取する.
- 妊娠中には子宮による腸管の物理的圧迫やプロゲステロンの分泌により,腸管の蠕動運動が抑制され便秘となりやすい.
- 同様に尿路うっ滞による感染や結石なども起こりやすい.
⑤妊娠,不妊治療歴
- 早産歴,不育症治療歴,不妊症治療による排卵誘発剤使用歴などは流早産・卵巣過剰刺激症候群などの診断の一助となる.
2 )腹部診察・聴診,内診
①腹部触診
- 臥位とし膝を曲げ,疼痛部から遠いところから触診する.
- 圧痛,筋性防御,反跳痛の有無を把握し腫瘤の有無も確認する.圧痛点の変化や聴診器にて腸蠕動の亢進や抑制,金属音ではないかも確認する.
②腟鏡診・内診
- クスコ診にて出血の有無と程度,帯下の性状,ダグラス窩の膨瘤も確認する.
- 内診は子宮頸部の移動痛を先に確認し,子宮の大きさ,硬さ,圧痛の有無と熱感,付属器腫瘤,ダグラス窩の圧痛を確認する.
3 )超音波検査
①経腹超音波検査
- 妊娠初期でも子宮筋腫,卵巣囊腫など婦人科腫瘍は経腹超音波の方が診断しやすいことがある.腹腔内出血や腹水は量が多いと肝臓表面にまで及ぶ.また背部痛では水腎・水尿管症の診断を行う.
- 妊娠中期には子宮筋腫,卵巣囊腫などはダグラス窩に嵌頓していなければ,経腹超音波の方が診断しやすい.胎盤は子宮収縮により肥厚してみえたり,子宮筋の部分的収縮は筋腫様にみえることがあるので注意する.また妊娠15 週以降は生理的水腎・水尿管症がみられるため病的か否かの判断も行う.
②経腟超音波検査
- 妊娠初期の画像診断に有用で,子宮内の胎児以外にも子宮・付属器の腫瘤,ダグラス窩の腹水・出血・腫瘤の有無などを確認する.
- 虫垂の腫大も観察できることがあるが,確認ができなくてもその周囲の腹水,腸管の蠕動の確認は虫垂炎の診断補助となる.
- 子宮頸管長,子宮頸管の形状,子宮頸管腺の有無を確認する.
4 )そのほかの画像検査
- 妊娠中のレントゲン,CT 検査は胎児の被爆を考慮し,一般的には行われないが,鑑別上検査の必要性が高いと判断されれば,撮影を考慮する.
- MRI は撮影可能妊娠週数を決めている施設もあるが,ACOG(米国産婦人科学会)ではMRI 検査は妊娠すべての時期に施行しても,胎児への影響はないとしている1).MRI にて子宮筋腫の変性,ほかの腫瘍性病変の有無と良悪性の鑑別,尿路系の異常,胎児異常などが確認できる.
- 腹部レントゲンは高度の腹痛の場合に施行し,遊離ガスで消化管穿孔,水平鏡面像でイレウス,石灰化で胆石や尿路系結石の診断が可能である.
5 )血液検査・尿検査
- 白血球数,CRP の上昇は虫垂炎,付属器炎,腎盂腎炎など感染疾患の可能性があり,全身炎症から流早産に進行することもあるため注意する.切迫流早産に子宮内感染を合併している場合にも上昇し,子宮の圧痛や子宮収縮を伴うことが多い.
- 子宮の増大により他臓器が圧迫され,消化酵素の腸管への流出不全により肝・胆道系酵素やアミラーゼが上昇することがあり,また胆囊炎や胆石,膵炎などを発症することもある.
- 尿検査では沈査を確認して尿路感染や結石の存在を推測する.