(2)卵巣チョコレート囊胞の癌化

1 )概要

 子宮内膜症は月経周期を有する女性の約10 %にみられるありふれた疾患である.20~30 歳代では月経困難症,不妊症を主訴とするが,40~50 歳代になると一部の患者は癌化することが知られている.本邦の疫学調査により,臨床的卵巣子宮内膜症性囊胞(チョコレート囊胞)から0 . 72%の頻度で癌化すること,特に45 歳以上で,サイズの大きい囊胞(6㎝以上)が癌化しやすいことなどが報告された.
 子宮内膜症で繰り返される出血に含まれる鉄による酸化ストレスが内膜症細胞の遺伝子変異をもたらすことにより,前癌病変を介して類内膜癌と明細胞癌が発生する可能性が指摘されている.臨床的に癌化を見逃さないコツについて概説する.

2 )子宮内膜症の癌化を見逃さないコツ

 卵巣チョコレート囊胞の患者を診察する場合は,以下の6 点を念頭に置く.

1 .3~6 カ月ごとに囊胞のサイズを測定し,囊胞が短期間で増大する場合は悪性を考慮する(囊胞最大径が7 . 9 ㎝以上).
2 .超音波診断ですりガラス様の囊胞内容液が黒くなる(漿液性に近づく)場合は悪性を考慮する(図32)
3 .隆起性病変の部位が囊胞の腹側に存在する場合は悪性を考慮する(図33,表13)
4 .隆起性病変の腫瘤の「高さ」(囊胞壁から腫瘤の頂点までの長さ)が1 . 5㎝以上の場合は悪性を考慮する(図34,表14)
5 .隆起性病変の「縦横比」,すなわち「高さ」÷「横幅」(高さに直行した最大径)が0 . 9 以上の場合は悪性を考慮する(図34,表14)
6 .癌化してもCA 125 が上昇しない場合がある.CA 125 は月経期には上昇する.

3 )解説

1 .チョコレート囊胞と診断し,手術をせずに経過観察を行う場合は,最初は月経周期を考慮して,1~3 カ月後,以後3~6 カ月ごとに経過観察を行う.チョコレート囊胞をどのくらいの間隔で経過観察すれば癌化を見逃さないのかに関するエビデンスはないが,常識的に3~6 カ月ごとに経過観察を行っている.
 多くの事例は癌化を疑った時には囊胞が増大しているが,サイズの変化がほとんどみられずに,囊胞内に隆起性病変が認められ,手術により癌化を確認した例もある.最近の報告では7 . 9 ㎝以上で癌化の頻度は高くなるが,それ以下で癌化しないという保証はない.

2 .図32 にチョコレート囊胞の癌化例を示す.左がチョコレート囊胞,右が癌化した場合を示す.囊胞サイズの増大,内容液のすりガラス様陰影が消失する,隆起性病変が出現する,隔壁の肥厚や不整がみられるのが特徴である.超音波診断で囊胞内容液が黒くなるということは,チョコレート囊胞に特徴的なドロドロ感が消失し,漿液性の液体に変化することを意味する.おそらく,癌細胞から漿液性の浸出液が分泌されることにより希釈される可能性はあるが,最近の報告で内容液の成分が変化しているため,単なる希釈ではないと考えられている.

3 .チョコレート囊胞では高頻度に凝血塊を認めることがあり,超音波診断のみでは癌化による隆起性病変かどうか迷うことがある.現時点では造影MRI により造影効果があれば癌と判断し手術を勧めているが,拡散強調画像やADC(apparentdiffusion coefficient)マップを用いて鑑別することも多くなった.しかし,日常臨床ではすべての患者に対応するのは困難である.
 図33 に示すようにMRI 矢状断で,囊胞を前上方,前下方,後上方,後下方に4分割して,チョコレート囊胞と内膜症関連卵巣癌における囊胞内隆起性病変の発生部位を検討したところ,チョコレート囊胞でみられる腫瘤の多くは凝血塊であり,囊胞の尾側に認められることが多い.チョコレート囊胞では隆起性病変の90 . 4%が後方から発生するのに対して,内膜症関連卵巣癌の場合は,囊胞壁のどこからでも発生することが分かった(表13).したがって,囊胞の腹側に隆起性病変が確認された場合は癌化の可能性を念頭に置く必要がある.

4 ,5.経験的に悪性の隆起性病変は良性に比べてサイズが大きいと認識される.図34 に示すように,隆起性病変の最大面積がみられるMRI 像を基に,囊胞壁から垂直に最大隆起性病変長を「高さ」と定義し,それに直行する最大径を「横幅」とし,「高さ」÷「横幅」を「縦横比」と定義して評価した.その結果,表14 に示すよう
に,多変量解析の結果,隆起性病変の高さが1 . 5 ㎝以上,縦横比が0 . 9 以上,囊胞サイズが7 . 9㎝以上,43 歳以上で癌化の頻度が有意に上昇した(34 頁「コラム」参照).すなわち,おはじきのように囊胞壁にへばりついている場合は凝血塊か良性の病変であり,内腔に向かい突出するように発育する場合は積極的に悪性を疑った方がよい.

6 .子宮内膜症の経過観察にはCA 125 を測定することが多い.しかし,月経時には非癌でも上昇することが多く,ときに500 IU/mL 以上を示すこともある.したがって,月経期にCA 125 を測定することは患者のみならず医療者にとってもQOL を落とすことになる.一方,癌化してもCA 125 が上昇しない場合があるため,マーカーのみ過信してはいけない.