(3)世界の性教育1)
・ 我々産婦人科医は医療の専門家として,身体についての正しい知識を伝えることはできる.だが,世界へ目を向ければ性教育が狭い枠組みではなく,包括的にとらえられ,教育の一環として根付いている先進的な国もある.次は海外の国の状況をいくつか紹介する.
・ 国際的には性に関する「 リプロダクティブヘルス/ ライツ」という考え方の中に,性の学習は権利の一部としてとらえられている.
・ 1990 年代後半から人権をめぐる運動が活発化してきて,1999 年には世界性科学学会によって「性の権利宣言」が出された.「すべての人が包括的性教育を受ける権利がある」としたものだ.ここから世界の国々では,性教育は性の生理学的な側面だけではなく,健康にかかわるすべての知識,広範囲な学びを目指していくことになった.
・ ここでは代表的な国として,フィンランド,イギリス,フランスを取り上げて比較してみる.
・ 各国における性を巡る法制度を表35 に示した.
・ 基本的にはどこも必ず性教育を受ける権利を保証し,教育現場だけではなく,行政や社会全体でのかかわりが制度化されている.
1 )フィンランド
・フィンランドの義務教育は 7 ~ 16 歳.
1970 年 総合義務教育法で必修の体育(保健を含む)に性教育が含まれ,必修化
1972 年 スクールナースが学校巡回,無料の避妊相談,コンドームの提供を行う
若者の中絶数・出産数が減少
1994 年 経済不況により学校経費節減で性教育が選択教科となる
若者の中絶数・出産数が増加
2006 年 総合性学校(中学校)で性教育を含む健康教育が必修化
再度若者の中絶数・出産数の減少
2 )イギリス
・イギリスの義務教育は 5 ~ 16 歳.
・ 科学的な性や生殖のみならず,人間関係,キャリア形成,人権,経済などを総合的に学ぶ「個人と社会と健康,経済についての教育(PSHE:personal, social health and economic education)」が行われているが,基本的に「性教育は家庭で行うもの」との考え方が強く,学校によっては PSHE の授業は行っていても,性に関する単元にはあまり触れない,というところもあるようだ.それでも科学は11~14 歳で必修なので,その中で性や生殖について学ぶ.原則として保護者は子どもを性教育の授業から退席させる権利をもつとされるが,ただし必修の科学で扱う生殖などの授業においては退席権が認められない.
3 )フランス
・学校制度は小学校 5 年,中学校 4 年,高校 3 年でその後に高等教育がある.
1920~ 1967 年までは学校での性教育は禁止されていた.
1967 年 避妊が公認され,それ以降教育課程に性教育が加えられる
1973 年 性情報特別委員会設立 生物学的側面についての教育が開始
1998 年 性教育の必修化
2001 年 中絶と避妊に関する法律の改訂を受けて学校性教育が法定化
・ 学校での性教育はこれらの国では孤立して行われているわけではない.性に関する情報提供や相談,場合によっては中絶手術なども受けられるユースクリニックや保健所,相談所,NPO 施設などが開設されていて,そのほとんどが無料だが,これらを支える予算としては国や自治体がしっかり組んでいることもあるし,寄付文化があるヨーロッパでは寄付金もかなり集まる.