(3)生殖医学の立場から(木村文則)
卵巣は,児を得るという観点からは,未熟な卵子を閉経まで保存し月経周期に合わせ一部の卵子を成熟させ供給するという役割を担う.一方,子宮の役割は受精卵を受け入れ胎児の成熟の場を提供し,その児を娩出するということになる.これらの臓器にも一定の割合で悪性腫瘍は発生し摘出を余儀なくされる場合や他の悪性腫瘍の治療の副作用のため児を得るための機能(妊孕能)が低下あるいは消失する場合がある.
表22 に疾患自体の影響や治療の副作用のため卵巣や子宮の機能が低下あるいは消失する可能性のある悪性腫瘍,その原因となる治療,それらに対して現在取り組まれている妊孕性温存のための治療,研究中の治療,想定される未来の治療について示した.今後どのような医学的な発展が認められるか,我々は注視していく必要がある.
1 )卵子凍結
1983 年に世界初のヒト凍結融解受精卵(胚)を用いた,さらには,1986 年にヒト凍結融解未受精卵を用いた妊娠・出産の成功例が報告され,以降,がん患者の抗がん剤治療前の胚凍結,未受精卵凍結が急速に世界中に広がることとなった.一般に卵子凍結とは,胚凍結と未受精卵凍結の両方を指す.胚凍結の方が,凍結融解後の卵の生存率が高く安定した手技と考えられるが,一般に婚姻関係がまだない場合には,未受精卵子を凍結することとなる.これらの具体的な方法を(図34)に示した.これらの治療には30 年以上の歴史があり,現在,確立した治療と考えられようになっている.最近では,がん治療の開始を早めるため月経周期に関係なく卵巣刺激を開始するランダムスタート法や乳がんなどのホルモン感受性がんに対してエストロゲンの上昇を抑制するアロマターゼ阻害薬の併用が行われるようになってきている.
2 )卵巣組織凍結保存
2004 年にホジキン病患者の卵巣組織凍結保存・自家移植による妊娠出産例が報告され,以降,本技術は急速に世界中に広がっている.卵子凍結は,成熟した卵子を凍結するのに対し,卵巣組織凍結保存は,原始卵胞や一次卵胞内にある未熟な卵子を卵巣組織ごと凍結保存しておく技術であると言える.そのため採取の方法が,卵子凍結と大きく異なる.具体的な方法を(図35)に示した.排卵を認めない思春期前の女児や卵胞発育のための時間を待機できないがん治療を急ぐ症例にも実施可能であるが,一方で卵巣内に存在する可能性のある微小遺残がん病変(MRD:Minimal Residual Disease)の問題や自家移植後の卵巣組織の機能についての評価がまだ十分になされていない.現在研究段階の治療と考えられる.
表23 に卵子凍結と卵巣組織凍結を比較し,それぞれのメリットとデメリットを示した.これらをよく理解し,患者の状況に合わせ対応を選択するべきである.
3 )代理母
患者から子宮が摘出された場合や子宮内腔の高度癒着により児発育の場としての子宮機能が消失した場合などに行われる.子を望む夫婦の受精卵を妻以外の第三者の女性の子宮に移植する場合(ホストマザー)と依頼者夫婦の夫の精子を妻以外の女性に人工授精する場合(サロゲイトマザー)とがある.この妊娠にいたる行為を代理懐胎という.代理懐胎の施行にあたっては平成15 年の日本産科婦人科学会の見解では,生まれてくる子の福祉,代理母の身体的危険性・精神的負担,現在の日本における倫理的観点から社会全体の許容などの問題が指摘されている.今後,倫理的,社会的な問題を法的な整備とともに解決していく必要がある治療方法であると考えられる.
4 )子宮移植
2012 年から2013 年にスウェーデンで9 例の生体間子宮移植が実施された.レシピエントの8 例がロキタンスキー症候群,1 例が子宮頸がん術後であった.ドナーは,母親5 例,姉,叔母,義母,友人が1 例ずつであった.移植した2 例において,術後出血または子宮内感染のため移植子宮は摘出となっている.7 例において複数の免疫抑制薬を使用し子宮が保持できている.2014 年に凍結胚移植により妊娠し,人類初となる移植子宮で生児獲得が報告された.その後,同グループより子宮頸がん術後の患者1 名を含む合計5 例の妊娠,出産例が報告されている.子宮は,妊娠するために必要な臓器であり,その個人の生命を維持するための肝移植や腎移植とは意義が異なること,また,ドナーと患者に肉体的,経済的に大きな負担をかけることなどの倫理的,社会的な問題がある.さらにがん治療後の患者に免疫抑制薬を多量に使用することへの懸念もある.今後多くの検討が必要な治療であると考えられる.
卵巣や子宮の機能の低下や消失に対し現在行われている治療内容について理解するとともに,現在行われようとしている,あるいは,今後行われようとしている治療や対応について倫理的・社会的問題を含めて理解することが重要である.