(5)がん幹細胞に対する新規標的治療開発(本原剛志)

1 )がん幹細胞

 実際の臨床の現場におけるがん診療において,治療抵抗性や寛解後の再発など,既存の標準治療に対して限界を感じる症例も少なくない.近年,このような症例において,一群の細胞集団である“がん幹細胞”の関与が示されている.
①様々な分化段階や増殖能力を有するがん細胞によって構成される腫瘍組織の中で自己複製能を有し未分化性を維持するがん幹細胞のみが腫瘍形成能を保持し,腫瘍の発生や転移に関わる.
②正常の組織幹細胞と同様に,がん幹細胞においても特殊な微小環境である“がん幹細胞ニッチ”が存在し,幹細胞としての特性の維持に密接に関わる(図18).

2 )がん幹細胞を標的とした新規治療戦略

 婦人科がん患者の予後改善には,がん幹細胞を標的とする新規治療法の開発は重要な役割を担う.がん幹細胞はニッチとの相互作用により,自己の細胞周期を静止期に保ち,休眠状態に維持されている(図18).従来の細胞障害性の抗がん剤や放射線治療は,細胞分裂が活発ながん前駆細胞あるいはより分化したがん細胞を標的にしているに過ぎず,腫瘍組織の階層性の頂点に位置するがん幹細胞の根絶には至らない(図19).一時的な腫瘍の縮小効果が得られても,がん幹細胞が残存する限り再発が引き起こされる(図19).
 現在,がん幹細胞の細胞表面マーカーや自己複製に関わる分子シグナル,あるいはがん幹細胞ニッチとの細胞間相互作用を制御する分子標的治療の開発が進行中である.がん幹細胞と微小環境ニッチとの相互作用に関わる分子レベルでの病態解明が,有望な新規薬剤の開発並びに集学的な治療戦略の構築を導き,がんの完全治癒をもたらすと期待したい.