(5)がん患者に頻度の高い精神症状(明智龍男)
・がんの種類,病期を問わず,頻度の高い精神症状は,不安・抑うつとせん妄である.
・がん患者の精神症状は,QOL の全般的低下,家族の精神的負担の増大,自殺などの原因となる.
1 )不安と抑うつ(図40)
・抑うつとは,正常範囲を超えた悲しみが続く状態を指す.抑うつが観察されやすいのは,喪失あるいは喪失を予期(進行がんの告知後など)させるような臨床状況である.抑うつを経験している患者は,倦怠感,疲労感,食欲低下,頭重感,不眠,思考・集中力低下などを示す.
・不安は,漠然とした未分化な恐れの感情が続く状態を指す.不安が観察されやすいのは,不確実な脅威へ直面(情報不足など)した際である.不安を有する患者は,呼吸困難,胸部圧迫感,動悸,嘔気,胃部不快感,めまい,筋緊張,発汗,不眠などを示すことが多い.
・不安,抑うつの対応に際しては,痛みなどが原因であれば適切に症状を緩和することが何より優先される.
・重症度に応じて精神療法に薬物療法を追加する.
・担当医療スタッフが患者の精神状態をよく理解し,医療チームとして家族とともに患者を支えていく体制を整えることが重要である.
・薬物療法は,ロラゼパムや抗うつ効果も期待できるアルプラゾラムから投与することが実際的である.効果がなければ抗うつ薬に変薬あるいは併用する.
2 )せん妄―特に終末期せん妄について
・入院を要する終末期がん患者の30~90%にせん妄が認められる.
・頻度の高い原因は,オピオイドやベンゾジアゼピン系などの薬剤,脱水,肝・腎機能障害などであり,可逆性が高いもの(原因に対するアプローチと適切な対症療法で改善する可能性が高いもの)は,薬剤,脱水,高カルシウム血症などである.
・興奮が目立たず認知症などと間違われやすい低活動型せん妄の頻度が高い.
・マネジメントにあたっては,原因の同定とその原因の治療可能性の評価,抗精神病薬を中心とした適切な薬物療法の提供が重要である(表29).
・同時に安全の確保のために,患者周囲の危険物(はさみなど)の撤去,頻回の訪床なども必要となる.
・加えて,照明の調整(昼夜のめりはり,夜間の薄明かり:足元灯など),日付,時間の手がかり(カレンダー,時計)をそばに置く,眼鏡,補聴器の積極的使用,親しみやすい環境の提供(家族の面会など)など環境調整も望まれる