(6)オートファジーを標的とした新規治療開発(吉森 保・川端 剛)
1 )はじめに
外見に変化は見えずとも,我々の身体は常に新陳代謝され構成成分が入れ替わる,つまり動的平衡状態にある.これを実現するために細胞の中では古い部品をリサイクルする分解経路が立ち働いている.そこで主要な役割を果たすのがオートファジーである.2016 年にノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典博士のグループが1990 年代にオートファジーに必須となる遺伝子群を同定して以来,オートファジーの分子機構と生理学的な意義が次々と明らかとなってきた.
2 )オートファジーの生理学とがん
外部からの栄養の摂取が制限された飢餓状態では生存に必要なエネルギーを自己成分に頼る必要があるため,オートファジーの機能が必須となる.それに加え,飢餓に陥らずとも細胞内では低レベルでオートファジーが起きており,細胞内の不要物のクリアランスを行っている.神経で特異的にオートファジーを欠損したマウスが神経変性疾患様の病状を示すなど,多くの実験結果が様々な疾患を防ぐオートファジーの生体防御機構としての役割を支持している.
発がんにおけるオートファジーの役割はやや複雑である.オートファジーは正常細胞の恒常性を維持して発がんを抑える機能がある.しかし話はそれだけで終わらない.オートファジーは,正常細胞だけでなく,がん細胞の恒常性も維持し,その生存を助けている.むしろ,がん細胞は自身の旺盛なエネルギー消費と過酷ながん微小環境における代謝ストレスから,正常細胞よりもオートファジーの機能を強く必要とする傾向がある.がんの種類による違いが想定されており今後のさらなる検証が必要だが,この「オートファジー依存性」の特徴を逆手に取った手法が大きく注目され,オートファジー阻害剤の効果が多くの臨床試験において試みられている.
3 )オートファジーを標的とした薬剤の応用の現状と将来の見通し
現在,オートファジー阻害薬としてがんの臨床試験に利用されているものの多くは,抗マラリア薬,および全身性エリトマトーデス治療薬として利用されているクロロキンおよびヒドロキシクロロキンである.これらはオートファゴソームにより包まれた内容物を分解するために必要なリソソームの阻害薬である(図20).リソソームは様々な生理現象に関わるオルガネラであり,その阻害薬はオートファジー以外の機能阻害を介して副作用や薬効に影響している可能性がある.他にオートファジー阻害薬としてワートマニンなどのhosphoinositol 3-Kinase(PI3K)阻害薬が知られるが,これはオートファジーに関与するPI3K とは違う他のPI3K の阻害効果を考慮しなくてはならないため,やはりオートファジー特異的とは言い難い.
また,mTOR(mammalian target of rapamycin)阻害薬のラパマイシンがオートファジーを誘導する薬剤として有名である.ラパマイシンは既に免疫抑制薬として用いられているとおり,オートファジーとは異なる経路に影響を与える.
これらの薬剤がオートファジーに依存しない作用機序により意図した効用を強めるのはよいとしても,副作用の軽減はもちろん,今後隆盛するプレシジョンメディスンへの対応を考慮してさらに有効な手立てを開発するには,オートファジーを特異的に標的とする手段が不可欠となる.それを達成するにはオートファジーの中核となるオートファゴソームの形成に関わるタンパク質を標的とする分子標的治療の手法が有望となる(図20 中①).LC3タンパク質は哺乳類オートファゴソームのマーカーとして広く利用されている(Kabeya Y et al. EMBO J, 2000).LC3はマーカーとして有用なだけでなく,その翻訳後修飾がオートファゴソームの成熟に必要であり,オートファジーの分子機構の要となっていることからLC3翻訳後修飾に必要なタンパク質に結合する化合物のスクリーニングを通して複数の薬剤が同定され,有効性についての解析が進んでいる.また,オートファジー関連タンパク質が各々オートファジーとは別の機能をもつことを鑑み,LC3の翻訳後修飾に関わる複数のタンパク質を標的とした化合物のスクリーニングも進んでいる.また,オートファジーの他のステップに関わるタンパク質にも有望な標的がある.一例としてオートファゴソームとリソソームの融合を制御するRubicon タンパク質が挙げられる(図20 中②).これはオートファジーを負に制御するリミッターとして機能しているため,その阻害薬はオートファジー特異的誘導剤の開発につながると予想される.さらにRubicon は脂肪肝で蓄積してオートファジー低下の原因となっていることが示唆されており,生活習慣病との関連からも注目されている.
4 )おわりに
多くのオートファジー遺伝子を欠損したマウスによる実験結果がオートファジーの生理学的役割を支持しているが,当然ながら生物種間の違いや実験モデルの妥当性が問題となる.ヒドロキシクロロキンなどを利用した臨床試験の結果からオートファジーの意義を正確に推測できない現状において,オートファジー特異的な薬剤の開発はオートファジーを標的とした医療を先に進める大きな一歩となるであろう.もちろん,完全な特異性の達成には各々のATG タンパク質がもつオートファジー以外の機能がハードルとなるが,複数の異なったATG タンパク質をターゲットとした薬剤のカクテルなどの新しい解決策が想定できる.既存の手法との併用も含め,がんに限らずオートファジーが関与する様々な疾患への応用が大きく期待される.