(6)iPS 人工血液(宮西正憲・江藤浩之)
血液供給の緊急・量・質のニーズに対応可能か
年間の出生数が初めて100 万人を下回るというショッキングなニュースからも想像されるように,日本における総人口の減少は,今後様々な分野へ大きな問題点を投げかけると考えられる.この大きな変化は医療界へも大きな影響を及ぼすと思われ,特にドナーに依存した現在の輸血システムは,総人口の減少のみならず,高齢化に伴う人口分布の変化や若年層の意識変化などの要因により,今後ますます現システムの維持が困難になることが予想される.血小板輸血に限っていえば,繰り返しの輸血による抗血小板抗体の産生や,室温保存による細菌繁殖に起因する感染症を防止する目的で,法制上,血小板製剤の保存期間が4 日以内に限定されているなど,他の輸血以上に課題が山積しており,血小板輸血に対する抜本的な供給システムの構築は喫緊の課題である.
我々の研究室では,あらゆる細胞に分化し,かつ無限に増殖するという極めて稀な特徴を有する多能性幹細胞を材料に用いた製造法を開発してきた.これまでに世界で初めてヒトES 細胞から機能を有する血小板の分化誘導に成功し,その後ヒトiPS 細胞を用いて同様の結果も得ている.これらの成果は,早期の医療応用への可能性を期待させるものであったが,iPS 細胞から目的の細胞への分化誘導効率が低いため,一般的に使用される血小板濃厚液10 単位(2×1011 個以上の血小板数)を確保するには約106 枚,培養液は約4 , 000ℓと途方もない量が必要であり,またiPS 細胞から最終産物である血小板の作製には1 カ月以上の時間を要するため,大量培養が必要な臨床応用には様々な技術改善が必要であった.
そこで我々は,血小板産生前駆細胞である巨核球を不死化し無限増殖培養を可能にすることで,大幅な時間の短縮および大量のニーズに応える戦略をとることとした.詳細な検討の結果,ヒトiPS 細胞から分化誘導した血液前駆細胞に,iPS 細胞作製に用いる山中因子の1 つであるc-Myc,ポリコーム遺伝子であるbmi1,さらに抗アポトーシス遺伝子であるbcl-xl を遺伝子導入することで,目的の不死化巨核球細胞株(immortalized megakaryocyte progenitor cell lines imMKCLs)の樹立に成功した.この細胞株は,長期(5 カ月以上)にわたり自己複製を続け無限増殖するのみならず,凍結保存も可能であることが判明した.このimMKCLs を出発材料に用いることで,機能的な血小板を得るまでに当初1 カ月要していたものが約7 日程度と大幅な短縮にすることが可能となり,またそれにより血小板濃厚液10 単位の確保に必要な培養液も約4 , 000ℓから約25ℓと劇的に節約することが可能となり,臨床応用実現への可能性がみえてきた.imMKCLs の凍結保存が可能なことで,輸血のニーズに応じて産生量を調整することが可能となり,大量のニーズにも対応可能となり,より安定かつ安全な輸血供給システムの構築が可能となる.また,GMP(Good‥Manufacturing‥Practice)グレードのimMKCLs および最終産物である血小板を用いることで,細菌汚染の観点からこれまで4 日以内と限定された保存期間を延長することも理論上は可能となる.さらには劇的な技術向上がみられる昨今の遺伝子改変技術やCiRA(京都大学iPS 細胞研究所)の進めるマスターセルバンク構想を組み合わせることで,緊急性や希少性が要求される血小板輸血にも十分対応が可能になると我々は考えている.
以上より,iPS 細胞を元とする新たな再生医療技術は,現在我々が抱えている諸々の課題を根本的に解決するポテンシャルを秘めており,今後とも産官学を交えた統合的研究を着実に遂行し,早期での新規輸血システムの構築に向けてさらに開発を進めていきたい.