1審無責とされながらも,2審有責となった産後出血性ショックの事例 〈T 高裁 2007 年3月〉
1.事案の概要
Aは28歳初産婦.2002年8月X日陣痛発来にて被告B病院に入院し,同日22:18吸引分娩にて女児を分娩した.その後,22:33胎盤も娩出となった.メチルエルゴメトリン静注後子宮収縮良好となり,出血は少量となった.22:45 軽度悪寒・両鼠径部痛を訴え,22:55 軽度顔色不良となり,意識はあるものの血圧 70 /50㎜Hg, 心拍が微弱となった.23:03 血圧103/32㎜Hg,23:15 縫合終了し,その後の子宮底マッサージにて出血は再び少量となった.応援医師により腹部エコーを行い,胎 盤鉗子にて子宮内容を除去した.23:20点滴を追加増量するも血圧が上昇しないため,23:25エフェドリン塩酸塩を投与した.この時点の SpO2 は98%であったが, 23:30 にはショック指数が1.5を超え,出血性ショックの状態であった(推定出血量1,820g).23:38の腹部エコーでは子宮内遺残や腹腔内出血は否定的であった.翌8月X+1日0:06 Aの顔色は不良蒼白となり胸痛を訴え,その後0:12 意識混濁,0:19挿管するも SpO2 が46%と低下した.0:37救急車にて C病院救急救命センターヘ搬送され,救命措置を行ったが,分娩後2日目となる8月X+2日Aは急性呼吸循環不全にて死亡した.
2.紛争経過と裁判所の判断
Aの遺族が,B病院には,出血性ショックを看過し,適切な輸液および輸血を怠った過失,高次医療機関への搬送が遅れた過失があるとして,損害賠償請求した.
(1)第1審判決
裁判所は,次のように判示して,原告の請求を棄却した.
① B病院での出血量に対し輸液量は 1,030mLと少なかったが,必ずしも過失があったとまではいえない.輸血に関しても 23:06 の時点で Hb 9.7g/dLであったうえ, 23:15にはほぼ止血しており,輸血を実施する義務があったとはいえない.②自施設で対処不可能な場合は高次医療機関へ搬送する必要があると認められるが,本件は遅くとも23:15にはほぼ止血しており,急変以前に搬送の義務があったとはいえない.③ B病院における出血の原因は,基本的には癒着胎盤の剝離とその後の弛緩出血と考えられ,23:38頃までには出血性ショックが生じていたと疑われる.しかし,その後の胸痛,意識混濁,血圧および心拍数低下などの所見,および C病院搬送後2時間で採取された亜鉛コプロポルフィリン(Zn-CP 1)が63pmol/mL と非常に高値を示していることから羊水塞栓症の発症を疑わせるものである.
(2)第2審判決
原告が控訴し,第2審裁判所は,次のように判示して1審判決を取り消し,合計7,780万円の損害賠償を認めた.
Aは22:55には出血性ショックを呈していたため,適切な輸液および輸血を怠った過失,高次医療機関への搬送が遅れた過失が認められる.Zn-CP 1 高値だからといって羊水塞栓症を確定する証拠はない.
3.臨床的問題点対応策
本例は麦角剤などで一時的に止血が得られていることから,子宮型羊水塞栓症でなく,心肺虚脱型羊水塞栓症が産後大量出血の前後に発症したと推察する.本件は 2002年の事例であるが,2021年現在に同様の事例に遭遇した場合,「産科危機的出血への対応指針2017」に沿った対応として,23:03 血圧 103/32(22:55の血圧70/50)時点での(推定ショック指数1.47),人工膠質液または細胞外液の輸液とともに,輸血準備・高次施設への搬送考慮が求められる.本症例のようにマンパワーの確保とともに,出血量およびバイタルサインの変化に注意しつつ,早めの補液・輸血と母体搬送は常に念頭に置くべきである.ただし,妊婦の死亡原因を特定するためにも,病理解剖に同意いただくことも推奨される.
4.法的視点
本件は,出血性ショックを看過し適切な輸液および輸血を怠った過失,高次医療機関への搬送が遅れた過失があるとの患者側の主張に対し,医療機関側は,羊水塞栓症による急変であり医師に過失はないとの主張をしたものである.第1審判決は,医療機関側の主張を認め,推定出血量 1,820gではあるもののほぼ止血した状態の23:15における出血性ショックを否定した.その上で,その後に急変したこと,Zn-CP 1 高値であったことより羊水塞栓症が疑われるとして,医師の過失を否定した.
しかし第2審では,22:55には出血性ショックを呈していたと認定し,適切な輸液および輸血を怠った過失と高次医療機関への搬送が遅れた過失を認めた.羊水塞栓症であったと確定する証拠もないとして,患者側の請求を認めた.
産科危機的出血による妊産婦死亡の場合に羊水塞栓症の有無が争われることは多いが,裁判所は,Zn-CP 1のみならずその他の様々な証拠を総合的に考慮して羊水塞栓症の有無を判断する.また,裁判体を構成する裁判官が異なることや,双方の主張や証拠によっては,類似の事例であっても全く異なる判断がなされる可能性があるため, 説得的な主張立証を行うことが重要である.羊水塞栓による死か,失血死か