2審で逆転敗訴となった常位胎盤早期剝離による産科DIC の事例 〈S 地裁 2015 年4月 請求棄却,T 高裁 2016 年5月 原判決変更,最高裁 2017 年4月 上告不受理〉

1.事案の概要

 2008年,当時24歳の妊婦Aは午前7時過ぎに被告病院に来院したが,既に胎児は死亡しており,腹部は板状硬で,8時過ぎの超音波検査で早剝と診断された.来院時Hb 8.2g/dL,Ht 25.4%,APTT 29.3 秒,出血時間8分以上であったが,日曜日のためフィブリノゲンは測定せず.この時点で産科DICスコアは9点.被告病院には人赤血球液(以下,RCC)4単位と新鮮凍結血漿(以下,FFP)4単位しかなく,日赤にそれぞれ10単位ずつの発注が指示された.9時15分帝王切開開始,9時30分までの出血量は 1,489mL,ショック指数は 1.6,収縮期血圧は 90㎜Hg を下回っていた. 輸液量は1,350mL,RCC4単位輸血したが,抗DIC療法は施行せず.10時45分手術終了,総出血量は 3,438mLであった.その後 11時45分までにRCC2単位およびFFP4単位輸血(総輸血量は1,320mL)し,12時10分,Hb 7.5g/dL,Ht 22.1%,血小板数8.1万/μL,D ダイマー73.1μg/mL となったが,13時40分死亡した.法医解剖により肺から胎児成分を検出し,確定羊水塞栓症(以下,AFE)と診断された.

 

2.紛争経過と裁判例の判断

 遺族は,約9,262万円の損害賠償を請求する訴訟を提起した.第1審,第2審を通じて,①初期治療の実施(早剝発症時のDIC防止)についての過失の有無,②輸血の準備および実施(産科DIC治療)についての過失の有無,③上記被告医師らの過失とAの死亡との間の相当因果関係の有無などを主な争点として争われた.

 以下のとおり,第1審裁判所は,②の過失を認めたが③因果関係を否定して,請求を棄却した.第2審裁判所は,①②の過失と③因果関係を認め,約7,490万円の請求を認容した.

 第1審:①初期治療には治療行為上の過失があったとは認められない.②早剝発症後に進展する可能性のある産科DIC に対する治療の準備が遅れた結果,午前11時において十分な抗ショック療法および抗DIC療法ができていないため,治療行為上の過失があった.③死亡は子宮を主体とするアナフィラキシー様のショックにより,血管攣縮,血管透過性亢進および浮腫を生じて,その後産科DICも併発したためであり, いかなる治療を施しても救命できたとまではいえず,過失と死亡との間に因果関係があったとは認められない.

 第2審:①②診療行為上の過失が認められる.③仮にAがAFEを発症していたとしても,心肺虚脱型ではなくDIC型であって,かつ全身性のアナフィラキシーショックを伴うものでもなかったため,適切なDIC対策を早期から行えば救命できなかったとまでは言えず,これらの過失と死亡との因果関係も認められる.

 

3.臨床的問題点

 早剝発症後の産科DICに対する治療の準備の遅れ,およびその後の不十分な抗ショック療法および抗DIC療法.

 早剝の場合,必ず産科DICスコアおよびショック指数を計算の上,「産科危機的出血への対応ガイドライン」 を遵守し,早期診断・早期治療を行う.

 

4.法的視点

 本件は2008年の事例であり,第1審と第2審では,過失の有無を決する医療水準をいかに設定するかについて,激しく争われたものと推測される.現在は,本件同様の事例において法的に求められる医療水準や過失の有無を判断するに際し,「産科危機的出血への対応指針2017」の記載内容を重要な証拠として過失の判断がなされるものと考えられる.