8.甲状腺疾患

ポイント

  • 妊娠前に見逃されていた甲状腺疾患を妊娠時に診断するには,甲状腺疾患に起因する症状を見逃さないことが重要である.特に,通常の妊娠として違和感を覚えるマイナートラブルに関連した症状を認めた場合は,その可能性を常に念頭に置いて検査を行う.
  • 投薬治療を要する甲状腺機能異常合併妊娠では,コントロール不良や未治療の場合は,母児の予後が不良となる.母体の甲状腺クリーゼの発症にも注意する.
  • 投薬治療を要する甲状腺機能異常合併妊娠の管理に際しては,甲状腺疾患の管理に習熟した医師や周産期管理の可能な高次施設と連携を図り,必要に応じて紹介を考慮する.
  • うつ症状を含む産褥期の不定愁訴を認めた時は,産褥性甲状腺炎の発症も鑑別疾患となる.

症例:22歳,初回妊娠

 現病歴:思春期にパニック障害,摂食障害などで精神科加療歴があった.17歳時に甲状腺クリーゼを発症しバセドウ病の診断で内服加療されていた.最近,家庭の事情(家庭内暴力)のため治療を継続せず,1カ月以上にわたって内服薬を服用していなかった.妊娠反応陽性のため,妊娠11週に近医産婦人科開業医を初診し,コントロール不良のバセドウ病合併妊娠として,ただちに総合病院産婦人科,内分泌内科に紹介された.紹介時の甲状腺機能は,fT4:4.05pg/mL,fT3:>20ng/dL,TSH:0.000μU/mL,TSH受容体抗体(TRAb)>50IU/Lと,バセドウ病のコントロールはきわめて不良で,速やかな甲状腺機能の改善を目的としてヨウ化カリウム療法を開始した.しかし,パニック発作を繰り返し,入院拒否,薬剤服用のコンプライアンスも不良であった.妊娠23週,腹痛,下痢,嘔吐で救急外来受診時に,高血圧(149/91mmHg)と尿蛋白(300㎎/dL)を認めた.妊娠26週でようやく入院に同意したが,既に息切れ,心拡大,体重増加などの心不全徴候を認め,入院第2日,心窩部痛,頭痛,眼華閃発,呼吸苦などの症状が進行,これ以上の妊娠継続は困難と判断して全身麻酔下に緊急帝王切開術で分娩した(児:830g,Apgarスコア4/6点,臍動脈pH7.229).帝王切開後はICUで鎮静下に母体管理を強化したが,甲状腺クリーゼと診断された.意識障害,代謝性脳症などのため集中治療下に気管切開,胃瘻増設などの処置を要し,重症後遺症のまま転院となった.

 症例のコメント:提示した症例は,精神科疾患が適切な治療の障害となって,コントロール不良のまま妊娠に至り,妊娠高血圧腎症と帝王切開が誘因となって甲状腺クリーゼを発症し,予後不良の転帰をとった重症例である.甲状腺疾患は,適切な診断と加療が行われなければ,母児ともに重篤な転帰をとる.