1.医療過誤発生時の医師の責任

 過失により患者が死傷した場合,1つの事案で医師は,民事責任刑事責任行政責任の3つの法的責任を負うこととなる.

 

1.民事責任(付録用語解説参照)

 民事責任では,不法行為責任または債務不履行責任として,患者,遺族などが原告となり,医療機関,医療従事者を被告として損害賠償請求が行われる.わが国の民事医療訴訟件数は,1999年までは,年間 400~500件程度であったものが,1999年(平成 11 年)より生じた強烈な医療バッシングブームにより,一時は1,100件近くまで増加した.現在,ピークを越え,年間 800件程度で推移をしているが,近年の弁護士余りから,今後,再び増加することが懸念されている(図2)

 産科関連訴訟については,福島県立大野病院産科医逮捕事件(帝王切開術を受けた産婦が死亡したことについて執刀した産婦人科医が業務上過失致死傷罪および医師法違反の容疑で逮捕・起訴された事件.最終的に無罪の判決となった)などを受けて創設された産科医療補償制度などの影響により,急速に減少し,ピーク時の 1/4 程度となっている.

2.刑事責任(付録用語解説参照)

 刑事責任は,業務上過失致死傷罪(刑法 211条)として,「業務上必要な注意を怠り, よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する.重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする」と定められている.

 民事責任同様,1999年以降,急速に増加したが,司法の暴走による医療崩壊が現実化したこと,福島大野病院事件をはじめとする繰り返される冤罪事件により,近年の起訴件数は,1999年以前の水準に戻っている.

 とはいえ,法改正がなされたわけではなく,いつまた,同様の事態が引き起こされるか分からないというのが現状である.

 

3.行政責任(付録用語解説参照)

 罰金以上の刑に処された場合(医師法4条4号)には,戒告,3年以内の医業の停止, または免許の取り消しといった行政責任を問われる対象となる(同法7条).したがっ て,医療過誤により業務上過失致死傷罪で有罪となった場合には,上記に該当するこ とから,行政処分を受ける可能性がある.

 ただ,現状は,医療過誤を理由として行政処分がなされることはほとんどなく,飲酒運転や人身事故といった自動車運転関連の処分事由がメインとなっている(表3)