15.高齢者におけるがん治療の注意点ポイント
(1)本邦の現状
・ 超高齢社会を迎えた本邦では,高齢者数が増えており,高齢がん患者を診療する機会が増えている.
・ 一般に高齢者は生活機能障害を抱えることも多く,脆弱性を評価し,その脆弱性に対して治療介入を行った上でがん治療を開始することが望ましい.
・ 高齢になると標準治療が導入しづらい場合が増えることが予想される一方で,高齢者であっても,全身状態が良好で臓器機能などが非高齢者と同様であれば,非高齢者で確立している標準治療を導入することが考慮できる.
・ 高齢者といっても身体的,精神的,社会的には多様であり,全身状態の把握とリスク評価が重要となる.
(2)高齢者総合的機能評価(CGA:comprehensive geriatric assessment)
・ CGA は,病態把握に加え,患者が有する身体的・精神的・社会的な機能を詳細に評価し包括的な医療を提供する考え方で,老年医学の領域で確立している.
・ 身体機能,併存症,薬剤,栄養状態,認知機能,気分,社会支援,老年症候群(転倒,せん妄,失禁,骨粗鬆症など)などを評価し,課題が把握できれば,多職種での介入を考慮する.
・ がん患者の診療においても,CGA により,日々の診療では確認しづらい高齢者特有の問題,緩和治療の必要な患者などを拾い上げること,がん治療による有害事象や予後予測が可能と考えられている.
(3)高齢者がん診療の考え方
・ NCCN ガイドライン Older Adult Oncology には,高齢者のがん診療の考え方が記載されており,以下に概要を示す.
1 )余命の推測
・ 本邦では国立がん研究センターがん情報サービスから提供されている年齢・全身状態別余命データなどを参考とする.年齢のみではなく,全身状態によって余命が大きく異なることに留意する.
2 )意思決定能力の評価
・ 意思決定能力の評価は,①理解:医師から提案された試験や治療について理解することができる,②認識:現状(医療の状況や病気の原因など)を自分のこととして理解できる,③論理的思考:医師から提案された治療の選択肢のリスクとベネフィットについて論理的に比較できる,④選択の表明:言葉やそれ以外の手段で自分の選択を表明できるという4 つの項目を確認するというプロセスが提唱されている.
3 )治療に対する本人の希望や価値観の把握
・ 医療者側が提供する治療内容との整合性を確認する.
4 )リスクの評価
・ 併存症の有無,老年症候群の程度,社会的・経済的問題の確認を客観的に評価する.評価法として高齢者機能評価を行うことが記載されている.
5 )前項のリスク評価を参考にして具体的な治療法を提案する
・ 必要に応じて減量治療や支持医療を提案する.
(4)ASCO 老年腫瘍学ガイドライン
・ 2018 年には米国臨床腫瘍学会(ASCO)から「化学療法を開始する脆弱な高齢がん患者に対しての実践的な評価法と介入について」のガイドラインが公開され,「化学療法を開始する 65 歳以上の患者には,日常的には検出されない脆弱性を特定するために高齢者機能評価(GA)を行うべき」とされている.
・ GA として,①身体機能,②転倒,③併存症,④うつ,⑤認知機能,⑥栄養の評価を行うことを推奨している.
・ また,CARG(cancer and aging research group)スコアやCRASH(chemotherapy risk assessment scale for high-age patients)スコアを用いて化学療法の副作用を予測することや,G8 やVES – 13 などの高齢者機能評価ツールを用いて予後の予測に役立てることも記載されている.ASCO ガイドラインで示されている具体的な評価法を 表24 に示す.
・ 本邦での実地診療の方法についてはまだ確立していないが,G8 またはVES – 13 などの簡便であるスクリーニングツールを用いる,認知機能評価を行う,既に本邦の老年医学実地診療で行われているスクリーニングツール(CGA7)を活用するなどして,介護保険の活用を積極的に進めていくことが考えられる.ASCO ガイドラインで示されている介入法(表25)を参考に本邦での対応を個別に対応する.
・ 日本臨床腫瘍学会と日本癌治療学会,日本老年医学会が協力して2019 年 7 月「高齢者のがん薬物療法ガイドライン」が作成された.Minds に則った本邦初の高齢者がん治療のガイドラインであるが,代表的な 5 癌腫のみを対象としていて,エビデンスレベルA の推奨はなく,外科療法や放射線療法,支持医療,対症療法などについては触れていないため,今後の課題である.