(2)前置胎盤・癒着胎盤

1 )前置胎盤

①病態

・前置胎盤は子宮下部に胎盤が形成され,内子宮口にかかる状態である.
・分娩期にむけての子宮口の開大徴候は,脱落膜と胎盤の剝離を惹起し,妊娠中の出血の原因となる.剝離の程度が軽度で自然止血することもあるが(警告出血),出血 が持続する場合は分娩とし,胎盤を娩出した後の子宮収縮による止血機転(生理的結紮)で止血をはかるしかない.
・しかし,子宮下節は子宮筋の収縮力が弱く弛緩出血となりやすいことや,子宮内膜が薄く癒着胎盤になりやすいことから,帝王切開中の異常出血にもなりやすい.

②検査

・前置胎盤は超音波検査(経腟)で診断する.
・前置胎盤であるだけでは自覚症状がないので,妊娠中期(妊娠 23~24 週頃)の頸管長チェックと合わせて全例にスクリーニングする方法や,経腹超音波検査で子宮下部に胎盤が付着している場合に経腟超音波検査で精査するなどで診断する.
・経腟プローブを腟内に挿入し,ゆっくりと前腟円蓋まで進める.頸管を描出させる時に頸管が屈曲しないように気をつける.一旦前腟円蓋に進めたプローブを少し引き気味にしてきれいに描写できる場所を探す.胎児先進部が子宮口や胎盤に密着する場合は,下腹部から先進部を軽く押し上げて,隙間をつくると診断しやすくなる.また,後壁の胎盤付着の場合,頸管をプローブで強く押し過ぎると前壁が後壁に近づき,あたかも前置胎盤であるかのように描出されることがあるので注意する.

③診断

・妊娠中期に前置胎盤と診断されても,その後そうでないと診断されることがある. 妊娠15~24週に前置胎盤と診断されるのは1.1~3.9%であるが,分娩時の診断では0.14~1.9%に減少するという報告がある1).これは,胎盤のmigrationという現象があるためである.胎盤のmigrationは,妊娠中期に起きる子宮下節の開大と,妊娠末期に著明となる子宮筋の伸展による胎盤辺縁と子宮口の超音波画像上のみかけの変化で,子宮の増大とともに胎盤が子宮口より離れていくようにみえることをいう.2)癒着胎盤
・しかし,最近の解像度のよい超音波機器で観察すれば,子宮頸管,子宮下節の判別 が可能で,これらの変化をとらえることができる.胎盤と子宮下節,頸管の位置関 係が正しく認識されれば,妊娠中期でも,より正しい前置胎盤の診断が可能となる 2).
・真の前置胎盤はleaf likeに描出される頸管腺領域の最上端に胎盤が覆う状態である.頸管腺領域を明瞭に描出し,そこよりもさらに子宮体部側で内腔が閉じているように見える場合は,子宮下節が閉じている状態(時期)であると考える(図16).子宮下節が閉じている状態では,真の前置胎盤を診断することは困難である.それは,前置胎盤様に見えていたものが,下節開大後にそうでなくなる場合が多いからである2).そのような場合は,子宮下節が開大するまでまってから診断する(図17).


④治療

・前置胎盤は,妊娠中に急な出血によって緊急帝王切開が必要となるだけでなく,帝王切開時にも癒着胎盤の合併が明らかになることや,出血多量のために子宮全摘を含めた集学的治療を要する場合がある.前置胎盤の帝王切開では,それらに対処するため多くのマンパワーを含めた医療資源が必要である.
・前置胎盤の平均分娩週数は34~35週であるため3),夜間や休日でも緊急帝王切開゙でき,早産児や低出生体重児でも管理ができる高次病院での妊娠管理・分娩とし,診断後はなるべく早期に紹介する.無症状の前置胎盤をもつ妊婦に対しての入院管理,子宮収縮抑制薬,子宮頸管縫縮術が予後を改善するというエビデンスは乏しいが1),警告出血があった場合の7割は緊急帝王切開になるため,出血例は入院管理とする4).

2 )癒着胎盤

①病態

・胎盤は,脱落膜上の絨毛膜の一部(繁生絨毛)が厚く成長することでつくられる.この時,脱落膜は絨毛の子宮筋層内への侵入を防ぐ働きをする.そして児の分娩後は,脱落膜とともに胎盤が容易に剝離,娩出される.
・何らかの原因で子宮の脱落膜(子宮内膜)が欠損,菲薄化しているとき,絨毛組織は直接子宮筋層内に侵入して癒着胎盤となる.帝王切開,子宮筋腫核出術(特に子宮 鏡下手術),子宮内掻把などの子宮内手術,子宮内膜炎,子宮動脈塞栓術などは子宮内膜が損傷を受ける可能性があると考える.

②検査

・癒着胎盤の妊娠中の診断のためには,癒着胎盤に関連する既往歴や超音波所見の有無を確認することが重要である.しかし,子宮手術既往のない症例に癒着胎盤を診断することは極めて稀で,分娩前に癒着胎盤が疑われるのは,前置胎盤か子宮手術の既往例がほとんどである5).前置胎盤は,脱落膜の薄い子宮下部に胎盤が付着しているため,初妊婦でも癒着胎盤になりやすい(前置癒着胎盤).特に既往帝王切開の前置胎盤では,前置癒着胎盤リスクが高く,1回の既往帝王切開では24%に対し,3回以上の既往帝王切開では67%に上昇する6).
・MRI検査においても,超音波検査と同様の癒着胎盤を疑う所見を描出できる場合があるが,診断精度は後壁付着のような超音波で描出しづらい場合を除いて,超音波検査と変わらないという報告もあり1,7),全例にMRI検査を施行する意義は少ない.以下に超音波所見を解説する.

③直接所見

・癒着胎盤は,子宮筋層に胎盤が浸潤している状態である.よって,子宮筋層の菲薄化が直接超音波検査で描出できた場合は癒着胎盤が疑われる(図18)1,7,8).しかし,実際には穿通胎盤のような程度の大きいものでなければ,妊娠中に確定診断するのは難しい.
・また,癒着胎盤では脱落膜を欠くため,胎盤母体面の脱落膜領域にみられるlow echoicな線状のclear zoneが描出できない場合は,癒着胎盤との関連があることが知られている 9).しかし,そもそも薄いこのclear zoneの判断自体が難しい場合も少なくない.
・前回帝王切開部や,内膜まで達した既往子宮手術創部上に付着する胎盤は,最も癒着胎盤を注意する所見である.これらの創部では内膜が損傷していることが多く, 癒着胎盤になりやすい.前回帝王切開創部上に付着する胎盤では,その3割に癒着胎盤があると報告されている10).

④間接所見

・癒着胎盤を疑う超音波所見として,胎盤実質の不整な虫食い像(placental lacunae),膀胱への突出像(bulging),bridging vessels,膀胱子宮窩組織の血流増加などが報告されている 1,7,8,11).
・placenta lacunaeは,胎盤実質に存在する1つ以上の,辺縁が不整な無エコー領域のことを示す.内部に乱流像を呈する場合もある.placenta lacunaeは絨毛間腔の拡大した部分をみているもので,癒着胎盤に特有のものではない.胎盤から子宮静脈への母体血の還流が滞り,絨毛間腔での pooling を反映した間接所見と考えられ ている 11).lacunae の数が増えると癒着胎盤のリスクが高くなるという報告12)もあるが,あくまでリスク評価における超音波マーカーとして考える.
・前壁付着の癒着胎盤には,膀胱への突出像や,膀胱と子宮と間の組織における血流増加像などが参考になるという報告もあるが11),これらも癒着胎盤によって二次的にできた超音波所見である(図19).

⑤診断

・癒着胎盤は,絨毛が筋層の表面のみに癒着し,筋層内に侵入していないもの(単純癒着胎盤),絨毛が子宮筋層深く侵入して剝離が困難になった状態(侵入胎盤),さらに,絨毛が子宮壁を貫通して漿膜面にまで及んでいるもの(穿通胎盤)に分類される 13).しかし,術中所見などでこれらの分類をすることもあるが,原則これらの 分類は病理診断で行う.胎盤の病理検査ではなく,子宮摘出標本の病理検査でしか 正確な細分類はできないと考える.
・英語表記として,2018 年 FIGO は癒着胎盤の呼称を改変した 14).単純癒着胎盤を placenta creta(acreta でない),侵入胎盤を placenta increta,穿通胎盤を placenta percretaと呼び,全体をplacentaaccretaspectrumdisorder(sPAS)と呼称する
(図20).つまり,分娩前の超音波診断の段階では「癒着胎盤」「PAS」などと呼び, 分娩後,病理診断がされた場合は細分類で呼ぶことができる.また,子宮が摘出 されずに臨床的に癒着胎盤と診断した場合は,単に「癒着胎盤」「PAS」と呼ぶか, 臨床的に細分類したことを併記するのが望ましい.

⑥治療

a.子宮摘出
・経腟分娩後に胎盤が娩出されずに用手剝離などがうまくいかず癒着胎盤と診断した
場合や,帝王切開中に直視下の子宮や胎盤の所見により明らかに癒着胎盤が診断された場合は子宮摘出が考慮される.侵入胎盤や穿通胎盤を無理に剝離すれば,剝離によって断裂した胎盤の癒着している場所や,癒着胎盤以外の場所の胎盤剝離後の弛緩出血で異常出血となる恐れがある.癒着胎盤,特に前置癒着胎盤を剝離して起こした出血は急激で多量であるため,出血により術野の確保が困難となるなど,熟練した術者であっても難しい手術である.母体の重篤な転帰や,妊産婦死亡になるリスクがある15).よって,癒着胎盤を診断したら,胎盤を剝離せず子宮全摘をするのが異常出血を免れる根治術であると考える.
・子宮摘出の方法として,単純子宮全摘術や子宮腟上部切断術があるが,出血を少なく癒着胎盤を治療することが目的であるので,子宮全摘にこだわる必要はなく,如何に安全に癒着胎盤を処理するかということを念頭に置く(図21).一方,前置癒着胎盤である時は,子宮頸部近くからの出血が多くなることも懸念されるため,子宮頸部までしっかりと摘出する子宮全摘が必要となる場合も少なくない.また,術 野に出血が少なくとも,腟側の出血が多量となっている場合もあるので,適宜術中に経腟的に診察を行い,子宮頸部あたりの止血ができているかを確認する(具体的な手技は82頁参照).
・既往に子宮下部横切開による帝王切開がなされていて,その手術創に胎盤が癒着した場合は,出血が多量になるのみならず膀胱損傷の恐れがある.そのような場合には,膀胱子宮腹膜剝離を強く行わず,子宮の後側から子宮を開けて最後に膀胱側にアプローチする方法などが報告されている16).いずれにしても,安易に癒着胎盤の手術に臨まず,熟練した医師によって手術がなされることが望ましい.

b.胎盤を残す方法
・子宮温存の希望が強い場合,子宮摘出が困難などの場合,児を娩出後に胎盤を剝離せず子宮を縫合,閉腹する方法である17).胎盤の自然吸収や自然娩出を期待する方法であるが,根治までに時間がかかる.待機中の感染および急激な異常出血の可能性があるというリスクもある.そのため,待機中は母体の安全のため入院管理が必要になることや,敗血症で死亡に至る事例もあるので,決して簡単な治療法ではないと考える.

c.胎盤を剝離して止血する方法
・胎盤を剝離してしまい,胎盤剝離面の出血を止血する方法である18).出血部位を直接縫合止血,子宮圧迫縫合(B-Lynch法,uterine compression suture)19)などを行って止血する.癒着している場所の子宮を部分切除して子宮筋腫核出術のように子宮を縫合する方法などもある.

d.その他の止血方法
・子宮腔内バルーン,カテーテルによる動脈バルーン閉塞術,あるいは動脈塞栓術などの各種止血法がある.施設ごとに,どの方法を,どのような手順で行うかをあらかじめ決めておくことも必要である.前置胎盤や癒着胎盤の疑われる手術では,事前に小児科,麻酔科などの関連診療科だけでなく,手術室,輸血部などの関連部署とも患者情報を共有しておく.

3 )癒着胎盤の合併を考慮した前置胎盤の分娩時期の決定
・前置胎盤からの出血のコントロールがつかない場合は,いかなる妊娠週数であっても母体救命のために帝王切開が必要である.
・しかし,なるべく予定帝王切開での手術が望ましい.帝王切開に次いで行われる子宮全摘時の出血量は,計画的に行われた場合の方が,緊急で行われた時にくらべ有意に少ないことが報告されている20).児の予後も勘案して,いかに適切な選択的帝王切開のタイミングを決定するかが大事である.
・前置胎盤で警告出血,頸管長短縮などの徴候があった妊婦は,緊急帝王切開率が 高いと報告されている21~23).その一方,癒着胎盤のリスクの少ない前置胎盤例で,無症候で頸管長短縮がなく,内子宮口上の胎盤の厚さが薄い場合は,近年,妊娠 37~38 週の帝王切開でもよいなどという意見もある24).そこで,図22のような予定帝王切開のタイミングを決めるプロトコールなども提唱されている24).このプロトコールでは,癒着胎盤の可能性が高い場合は妊娠34~35週での予定帝王切開を推奨している24,25).前述したように,前置癒着胎盤は十分なメディカルリソースを準備した上で手術が開始されるのが望ましいので,児の予後を勘案して,妥当な週 数であると考えられる.

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