2.低用量アスピリン療法の適応について
(1)低用量アスピリンは不必要に投与されている症例が多い
○不育症に対して“なんとなくアスピリン”が使用され始めたのは,夫リンパ球免疫療法の有効性が否定された1999 年頃である.
○医師も患者も無難なアスピリンを投薬したと推測される.
○無治療でも既往流産が2 回では80%,3 回では70%,4 回では60%,5 回では50%が次回妊娠の継続が可能である.
(2)低用量アスピリンの適応症
○抗リン脂質抗体症候群に該当する習慣流産の患者にヘパリン・アスピリン併用療法として用いる場合にのみ保険適用とされている.
○ほかの理由で用いる場合はすべて研究的治療である.「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(2017 年2 月一部改正)」を遵守し,適応外使用として施設内倫理委員会の承認を得て,「測定と治療が出産率に貢献するかはわからない」ことを説明したうえで,同意書を取得して行うことが,厚生労働省,文部科学省の指針に示されている.
(3)抗リン脂質抗体偶発例
○抗リン脂質抗体が陽性を示したが12 週間後に基準値を下回った場合,流産予防の有効性を示した報告はほとんどない.
○アスピリン単独投与群84 . 6%(44 / 52)では無治療50 . 0%(8 / 16)と比較して生児獲得率が高いことを示した報告もあるが,1 つのアッセイ系を用いた結果であり,無作為割り付け試験でもない.他の測定系や母集団での検討による検証を要する.
(4)抗核抗体
○不育症患者に対して測定を行う必要性は乏しい.
○不育症,習慣流産において数多くの自己抗体との関与が報告されている.
○抗リン脂質抗体陰性の反復流産患者において,抗核抗体の陽性率は健常妊婦よりも高頻度だが,次回妊娠における流産率は陽性・陰性群で全く差がないとの報告がある.
○以上より,不育症における抗核抗体の陽性例に対する薬剤投与の必要性は乏しく,測定を行う意義も低い.
(5)凝固第Ⅻ因子活性
○不育症患者に対して測定を行うべきではない.
○健常人と比較して不育症患者において低下しているとの報告がある.
○凝固第Ⅻ因子活性の測定は,凝固第Ⅻ因子欠乏血漿と患者血漿を混合し,凝固時間APTT を測定し,標準血漿の凝固時間の比によって%で示される.そのためループスアンチコアグラントを持つ患者ではAPTT が延長し,凝固第Ⅻ因子活性が低下する.わずかなループスアンチコアグラント(LA-APTT)でも約23%低下することが分かっている.
○凝固第Ⅻ因子は遺伝子多型CC/CT/TT によって活性が約120%,80%,60%と低下する.CT もしくはTT であればⅫ因子活性低値(50%以下)となるが,TT は流産の危険因子ではない.
○すなわち凝固第Ⅻ因子活性低値を治療の対象とした場合,過剰治療となることになるため,測定を行うべきではない.
(6)プロテインS
○不育症患者に対して測定する意義は確立されていない.
○プロテインS,プロテインC,アンチトロンビンを測定する場合は研究的検査であり,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(2017 年2 月一部改正)」を遵守し,適応外検査として施設内倫理委員会の承認を得て,「測定と治療が出産率に貢献するかは分からない」ことを説明したうえで,同意書を取得して行う.
○先天性血栓性素因についてのメタ解析では,プロテインS 欠損症は死産との関係はあるが,反復初期流産は関係しなかった.プロテインC 欠損症は反復初期・後期流産ともに関係しなかった.
○死産歴があり,プロテインS 欠損症の患者に低分子量ヘパリンを投与する有用性については議論が分かれている.プロテインS の測定系は抗リン脂質抗体の影響を受けることを念頭に置き,抗リン脂質抗体の測定を適切に行う.
(7)アスピリンの副作用
○アスピリンは胎盤を通過し,その血小板凝集能抑制は不可逆的である.
○添付文書には,動脈管早期閉鎖,子宮収縮抑制のリスクのため妊娠28 週以降の使用は禁忌とされている.
○海外の大規模研究では,胎児や新生児の死亡,子宮内胎児発育遅延,母体と新生児の出血のリスクはみられていない.