2.インフォームド・コンセント

1)インフォームド・コンセントの定義,何をどう伝えて対話するか

①インフォームド・コンセントとは何か,なぜ必要か

 インフォームド・コンセントは同意書に患者の署名をもらう儀式ではなく,患者に納得して治療を決めてもらうためのものである.医療者には,インフォームド・コンセントや自己決定権の概念を正しく理解すること,そして,専門家ではない人に,治療の内容を分かりやすく伝え,納得してもらうための説明のスキルを習得することが求められる.

 インフォームド・コンセントは,「治療について,患者本人が必要な情報を説明され,理解した上で,選択・同意・拒否をすること」である.「同意能力のある成人は,財産や身体のことについて,他人に危害を及ぼさない限り,たとえそれが本人の利益にならなくても本人が決める」という自己決定権に基づくものである.そして,なぜ患者に自分のことを決めてもらうのかという理由は,自分のことを最もよく知るのは自分であり,決定の結果を引き受ける人は自分だからである.医療行為は,手術,検査,投薬など,患者の身体に侵襲を加える行為であり,医療行為を受けて,痛かったり苦しかったり,不便が残ったりするのは患者本人である.本人が決めない限りは納得が いかず,代行では済まされないことになる.結果とともに生きていかなくてはいけない“私に”決めさせてほしい,痛くもない他者が決めないでくれ,という極めて当たり前なところに根拠がある.

②インフォームド・コンセントの実際

 しかし,患者が自分で決めるといっても,がんなどの診断を受けた患者の多くは,それ自体が初耳で,手術や抗がん剤などの治療も未体験であれば「それを受けたらどうなるのか」を想像することさえ難しい.不安や心配を抱えながら,治療や今後の生活を考えてもらうには,専門家の助けが不可欠であり,患者と医師は十分話し合う必要がある.

 インフォームド・コンセントの訳語として「説明と同意」が用いられたこともあり,中には,「医師が治療の選択肢を説明して,患者に選択してもらう」という方法を実 践している人もいる.しかし,治療法を懇切丁寧に説明されたところで,患者は専門 家ではないので決めることはできない.

 Cさんが治療を決めるには,治療の説明だけでは足りず,「生活者として,私が大事にしているものや価値観を実現するのに,最も適しているものは何か」について, 専門家から見て最善と判断した情報が不可欠である.したがって,治療の目的や内容を説明したら,Cさんに「どう生きていたいか,何をよしとするか」という価値観を問いかけて聞き出し,それを最もよく実現する方法を知識や経験を駆使して提案することが必要である.Cさんから見れば,医師が提示した治療は,自分が大事にしていることや気がかりを聴いた上で専門家が最善と考えたものであるから,すんなりと受 け入れられることが多く,これが「患者が納得して決めた治療」となる.「Cさんの意向はかれこれで,A治療はしかじかなので,A治療がよい思う」という「だから何だ」が入った情報は,患者にとって最も重要なものであり,これを共有して合意に至れば, 協働で決めた(shared decision making)形になる.

 治療方針の決定の場面では,患者と医師はそれぞれにしかできない選択をするという役割分担をしており,患者は「治療を受けてどういう生活をしたいか」という「目的」を選び,医師は専門性を駆使してそれを最もよく実現する「方法」を選ぶ.医師が,患者の大事にしていることや気がかりを把握し,患者がよりよい生活を送れるように手助けすることを目標とすることで,患者には,「病気だけでなく人生全体を見ている」というサインを送ることにもなるため,患者は「この医師は自分の人生を支えてくれようとしている」と感じ,信頼を寄せるきっかけになる.

③患者に納得してもらうために必要なこと

 インフォームド・コンセントは,患者の意思を尊重することが基本であるが,患者は手術が必要なことは頭で理解できても,手術後のことは想像もできないし,身体の組織は揃っていて当たり前でもあり,自分にとって何が大事なのか,患者自身も考えたこともなく分かっていない人も多い.また,治療はやってみなくては分からないこともあり,ミスがなくても上手くいかないこともある.治療の前によく考えて決めた「最善と考えた治療」も,患者にとってよいかどうかは,治療を受けた後に分かるものである.したがって,例え思いどおりの結果でなかったとしても,「あの時,医師と一生懸命考えて決めたことだから」と思えれば納得できる可能性も高く,それが「よい選択」と言える.

 医療者は,患者と膝を交えて話し合うことが大事であり,患者の気持ちを引き出すなどのコミュニケーションの技能も必要である.治療の説明をしたら,患者に価値観を問いかけ,それに合った治療法を提案し,話し合って合意に至る,という(説明, 問いかけ,提案合意を略して「説・問・提・合」の)フレームワークを実践する.

2 )分かりやすい説明をするには何をどうすればよいか

 患者が治療を決めるには内容を理解してもらわなくてはならず,医療者は,患者が分かるように説明することが求められる.説明の手段としては,口頭による説明と, 説明文書による説明があるが,リスクの大きい医療行為(手術,検査,薬物療法など) については,口頭で説明しただけでは理解するのも難しく,後で理解を深めたり,説明に同席しなかった家族が読んで理解することもできるので,説明文書を交付しておいた方がよい.また,説明した日から検査当日まで間隔が空いていれば忘れることも多いため,説明文書は備忘録としても役に立つ.ただし,文書を交付しておけばよいわけではなく,膨大な量の情報を提供すればよいというわけでもない.また説明文書は,何をどのように説明されたかの根拠にもなり得るので,例えば,必要十分なリスクが書かれていない説明文書であった場合,かえって説明義務違反に問われる可能性もある(付録用語解説参照)

 したがって,口頭であれ文書であれ,患者に情報を提供する際は,必要な情報が過不足なく伝えられ,治療・検査の大まかな全体像が把握できること,素人にも分かりやすい表現であること,そして,患者に衝撃を与えるような情報や理解しにくい情報を伝える際は配慮すること,などの条件を満たしている必要がある(表14)

①患者に説明する情報

 患者に提供する情報は,「患者が治療を決める際に必要なこと」であり,中核をなすのは,「治療の目的・内容,リスクと利益,コスト,その治療を受けない場合 の選択肢」である.例えば卵巣がんのDさんに抗がん剤治療X を受けてもらう場合は,どのような病状なのか,なぜ手術ではなくて抗がん剤治療なのか,なぜ X なのか, 自分にどれくらい効果があるのか,副作用で酷いことにならないか,X以外の治療はないのか,治療しなかったらどうなるのか,お金はどれくらいかかるのか,などである.これらは「自分が,治療を受けたら(受けなかったら)どうなるか」という「治療 の全体像」を構成する要素であり,これがすっきり把握できるように伝えればよい.

 ただし,これらをばらばらに説明したのでは,つながりが分からず全体像が見えないので,ロジックを物語に仕立てて説明するとよい.すなわち,「何をどうする(抗がん剤X で治療する)」,「それはなぜか(遠隔転移があり手術は適応にならない,卵巣がんの標準治療は X なのでそれを行う)」,具体的にどうする(X を3週に1回,点滴する)」「やった結果どうなる(副作用は重篤なものはあるが,個人差が大きい.X が効けば,生存期間が長くなる)」ということである.

②具体的な説明のありよう

 説明すべき重要な項目の1つであるリスクを説明する際の具体例を,以下に示す.

 リスクを患者に説明する目的は大きく2つあり,1つは治療により起こり得るリス クを提示して受け入れられるかどうかを判断してもらうためと,もう1つは,実際に副作用が起きた時に適切に対処してもらうためである.しかし,起こり得る副作用をただ羅列しただけで適切な説明がなければ,患者は理解できない上に,すべて自分 に起こるような気がして怖いだけである.したがって,まずは治療のリスクの全体 が,身体や生活にどの程度の影響が及ぶものなのかを大まかに伝え,次にリスクの大きい副作用について,どのような症状がいつ出現するか,仮に何か症状が発現した場合,どのような状態であればすぐに連絡をする必要があるかなどについてまとめて説明することが大事である.リスクは,大きなものとそれ以外を分け,「大きなリスク」を説明しておく必要がある.リスクの大きさは「頻度×重篤度」で表されるので,頻度が低くても重篤なもの(死亡など)や,重篤ではないが多くの人が経験するもの(脱毛など)について伝える

 例えば,抗がん剤治療Xの場合は,抗がん剤は,がん細胞の増殖速度が速い性質を攻撃するので,正常細胞でも増殖が速いものが攻撃を受けて副作用として現われること,具体的には,吐き気や脱毛,白血球減少,しびれなどが起こること,日常生活に大きく影響することはそれほどないこと,38 度以上の発熱が3日続いた場合は連絡してほしいこと,などをまとめて説明するとよい.

 近年,抗がん剤治療では,支持療法が発達したこともあり,患者は外来で抗がん剤 の投与を受け,治療期間の大部分を自宅で過ごすようになった.医療者の目が届かな くなった分,患者には自分の体調をチェックし,危険が及ばないようにすることが求 められるため,患者や家族に体調管理をするように伝えることが大事である.例えば, 間質性肺炎などリスクの高い副作用がある場合は,「注意が必要なものに間質性肺炎 があり,頻度は少なくても出ると命にかかわる場合もある.治療期間中は身体の様子 に注意し,いつもと明らかに違うという場合は,連絡すること」を伝えておくとよい.

③患者に衝撃を与える情報や理解しにくい情報を伝える際は,配慮する

 大きなリスクは患者に説明する必要があるが,病気などでただでさえ意気消沈している患者に追い打ちをかけることは避けたいので,死亡のリスクを伝える時も,「命にかかわることがある」など,できる限り衝撃を与えない表現を工夫する必要がある.

 また,「何もしなければあと6カ月」といった生存期間中央値(MST:median survival time)などの余命は,患者から訊ねられた場合以外は不用意に伝えない方がよく,説明文書に書くような情報でもない(MSTは,大勢の患者を集めた時のデータであり,6カ月より短い人もいれば長い人もおり,1人ひとりの患者の余命を予言するものではない.医療者が MSTの意味を正確に説明したとしても,患者が理解するのは難しく,指折り数えて生きた心地がしないだろうし,「病気が治癒することはないが,治療を受けることで生活できる期間が数カ月延びる可能性がある」ということが分かれば,治療を受けるかどうかを決めることができる).

 また,割合なども一般の人には分かりにくいため,例えば術後の再発が 30%であることを伝える必要がある場合は,「術後5年の再発は 30%である」ではなく,「5年間で再発する人は3人に1人くらいであり,どの人がいつ再発するかは分からない」といった表現にするなど,工夫が必要である.

 患者に情報を提供する目的は,よりよい生活をするための選択をしてもらうことであり,情報を提供したこと自体が患者の利益にならなくては意味がない.情報を提供して患者を地獄につき落としたのでは本末転倒であり,医療者は患者に話をする前に,「何をどう何のために伝えるのか」を考えるとよいだろう.