2.医師法上の医師の義務
1.医師法上の義務とは
医師法(付録用語解説参照)上,医師の義務は9つ定められており,そのうち6つの義務には,違反した場合の罰則が定められている(表4).その他,刑法には,秘密漏示罪(守秘義務),業務上堕胎罪(堕胎の禁止),虚偽診断書等作成罪が定められている(表5).
医師法上の義務につき,「医師法上の義務は医師の患者に対する義務である」という誤解がしばしば見受けられる.例えば,医師法第 19条1項は,応招義務(付録用語解説参照)について.「診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない」と定めており,一読すると,医師の患者に対する義務のようにも読める.しかし厚生労働省医政局長通知が「医師法第 19条第1項及び歯科医師法第 19条第1項に規定する応招義務は,医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり,医師又は歯科医師の患者に対する私法上の義務ではないこと」とするように,応招義務は医師の国に対する義務であり,患者に対する義務ではない.
そして,応招義務のように罰則の定めのない医師法上の義務は,「医師が第 19 条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが,医師法第7条にいう『医師としての品位を損するような行為のあつたとき』にあたるから,義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる」(厚生省医務局医務課長回答 昭和 30 年8月 12 日 医収第 755 号)という取り扱いがされる.
しかし,医療バッシングが激しかった 2000年代に,上記,応招義務の法的性質から離れ,下級審判決ではあるが,医療機関が正当な事由なく診療を拒んだとして損害 賠償請求が認められた事例が認められることから,なお,注意が必要である.どのよ うな場合に正当な事由があるかについては解釈に委ねられているが,最も重要な考慮 要素は,患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)である.このほか, 医療機関相互の機能分化・連携や医療の高度化・専門化などによる医療提供体制の変 化や勤務医の勤務環境への配慮の観点から,①診療を求められたのが診療時間内・勤 務時間内か,それとも診療時間外・勤務時間外か,②患者と医療機関・医師・歯科医 師の信頼関係などが考慮要素として挙げられる.
2.医師法 21 条(異状死体届出義務)
2000 年代に入り,突然の解釈変更により医療現場を破壊した条文は,上記の医師法第 19条1項(応招義務)と医師法第 21 条(異状死体届出義務)である.同条は,「医師は,死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と定めている.
同条が医療事故,特に,自らが診療した患者に生じた医療事故死にまで適用される としたことから,医療現場に甚大な影響を与えることとなった.すなわち,都立広尾 病院事件(1999年,術後の患者に対して消毒液を血液凝固阻止剤と取り違えて点滴され患者が死亡した事件.点滴ミスをした看護師2人が業務上過失致死罪で有罪判決が 確定し,主治医は異状死体届出義務違反の有罪判決,院長が虚偽有印公文書作成行使 と異状死体届出義務違反で有罪となった)において,2000年に主治医と病院長が同条違反などの疑いとして刑事訴追されたことを受け,全国の医師が萎縮し,医療事故死 が発生したことが明らかな場合だけでなく,医療事故死の疑いがあるもの,ひいては, 医療事故死の疑いが否定できないものまで,同条違反で刑事訴追を受けないために, 警察署に届出をするようになった(図3).
これにより萎縮医療という悪循環が生じ,同条の取り扱いをどうするか解決に向けた様々な議論がなされる中,令和元年(2019年)6月に死因究明等推進基本法が成立した.同法においては,「医療の提供に関連して死亡した者の死因究明に係る制度については,別に法律で定めるところによる」(同法 31条)となり,鬼門である診療関連死については切り分けて取り扱われることとなった.
2021年9月現在,死因究明などに関する施策が具体化している中,残された診療関連死の取り扱いについては,「ペンディング」の状態にある.令和3年度版死亡診断 書(死体検案書)記入マニュアルでは,これまであった「死亡診断書と死体検案書の使い分け」として示されていたフローチャートが削除されている.