2.医療紛争と時代背景
医療紛争をめぐる時代の背景を弁護士の児玉安司氏は4つに集約している.
①刑事事件多発時代(1960年代):人工妊娠中絶時の空気塞栓など(吸引管の接続ミスで肺空気塞栓になり,多くの死亡例あり)
②嵐の前時代(1998年まで):カルテ開示が囁かれていた時代
③医療不信の時代(1999~2006年):横浜市大患者取り違え事件(1999年,大学病院の外科手術において,対象患者を取り違えたことにより,肺の一部切除の手術を心臓の病気の患者に,また,心臓の弁の手術を肺の腫瘍の患者に相互に誤って行った事故(本書 101 頁各論2(1)1)コミュニケーションエラーによる事故事例 参照),都立広尾病院事件(1999年,術後の患者に対して消毒液ヒビテンを血液凝固阻止剤と取り違えて点滴され患者が死亡した事件.点滴ミスをした看護師2人が業務上過失致死罪で有罪判決が確定し,主治医は異状死体届出義務違反の有罪判決,院長が虚偽有印公文書作成行使と異状死体届出義務違反で有罪となった)などがあり,主要新聞における「医療事故」記事件数が年間383から一気に10倍の3,047件になるなどマスコミを中心とする医療バッシングの時代
④医療崩壊危機の時代(2006~2010年):福島県立大野病院事件(2004年に前置胎盤の診断で帝王切開術を受けた産婦が死亡したことについて,執刀した産婦人科医が,2006年に業務上過失致死傷罪および医師法違反の容疑で逮捕・起訴された事件.最終的に無罪の判決となった)に象徴されるような正当な医療行為にもかかわらず医師が犯罪者として逮捕された時代
そして今は,⑤医療再建の時代(2010 年~)に入ってきた.マスコミの論調も医療の本質(生命の複雑性,多様性,医学の限界による不確実性)を語るようになってきたようにも思える.