(3)メディカルツーリズムについて

<事例3-1>
海外在住の妊婦が妊娠24週時に胎児心疾患を指摘された.日本での治療を希望しているとの連絡があった.患者受け入れまでにどのような準備を行ったらよいか.

Answer

●問い合わせから受け入れを決めるまで

  • 医療機関の負担を軽減し無用のトラブルを防ぐため,外国人患者への対応は国際医療コーディネート事業者が担当することが望ましい.
  • 医師に患者情報を伝え,受入可否の判断を行う.医師が追加情報(診療記録,画像など)を必要とする場合は,国際医療コーディネート事業者を通して必要な情報を入手する.国際医療コーディネート事業者が受入可否の結果を患者に伝える.
  • 治療内容,入院予定期間より治療にかかる概算見積もり費用を医事課にて作成し,国際医療コーディネート事業者から患者に伝え,患者の了承が得られた来日期間の相談を行う.
  • 治療をスムーズに進めるために,国際医療コーディネート事業者に入院や治療に関する患者や付き添い家族の要望(個室希望など)を十分聞き取ってもらったうえで病床や検査枠を確保することが大切である.

●来日前の諸手続きと準備

  • 医療機関にて医療滞在ビザ発給用書類を準備し,国際医療コーディネート事業者が手続きを行い,患者に送付する.
  • 医療機関より各種同意書を国際医療コーディネート事業者に送付し,患者が理解できる言語に翻訳し,患者に伝える.
  • 宿泊,医療通訳の手配を行う.
  • 治療費の支払いは,未収金を防ぐため,前払制もしくはデポジット(保証金)制が望ましい.会計上のルールで前金を受け取ることができない場合は,国際医療コーディネート事業者の支払代行サービスを利用することもできる.
  • トラブルを防ぐため,入金日やキャンセルフィーなどの治療費支払条件を十分に決め,患者の納得を得ておくことが重要である.
  • 患者が民間の医療保険を利用する場合は,患者が加入する医療保険会社に保険適用内容を確認しておく.

解説

  • メディカルツーリズムとは,海外在住の患者が医療や健/検診を目的に来日することであり,医療インバウンドともいう.
  • わが国において,メディカルツーリズムはアジア圏内からが多数を占め,日本における医療滞在ビザ発給件数は,2012年は188件であったのに対し,2016年では1,307件に増加している(経済産業省商務情報政策局http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/shoujo/iryou_coordinate/pdf/001_04_00.pdf).
  • メディカルツーリズムの患者が来日するまでの一般的なフローは以下のとおりである(図16).

  • 来日前に業者を通じて連絡を取っている場合,患者側の認識する来日目的と医療機関の方針が相違していることがある.例えば「十分な検査データがないため,まずは検査・診断目的で来日していただき,必要な検査を施行後治療ができるかどうか判断したい.」と伝えたか,患者側は「希望している治療が日本で可能」と説明を受け来日しており,診察後トラブルになることもある.
  • このようなコミュニケーションエラーを防ぐために,何社も仲介業者が介在することは避け,また来日前に一度通訳を交え直接患者と話すまたはメールにて連絡をし,来日目的を確認することを勧める.

1 )外国人患者からの事前コンサルテーション

  •  2010年の「新成長戦略」において,アジアの富裕層などの外国人を想定した健診,治療などの医療および関連サービスを観光とも連携して促進していくとの国家戦略が掲げられ,その実現のための施策の1つとして,「医療滞在ビザ」を創設することが閣議決定された(2010年12月外務省報道発表).これを踏まえ,外務省は2011年1月からわが国の在外公館において,「医療滞在ビザ」の運用を開始した.以来,医療滞在ビザを取得した訪日外国人は増加し,2017年には1,383人と,2011年の70人から実に20倍近くになっている(図17).2017年の医療滞在ビザ発給数の87%は中国人であり,ロシア,ベトナム,インドと続く(図18).


  • 医療滞在ビザが発給されるのは渡航前の最終段階であるが,患者はまず,本邦の医療機関で検査や治療のための受診が可能であるかを問い合わせることから始めるだろう.
  • 医療滞在ビザが発給されるのは渡航前の最終段階であるが,患者はまず,本邦の医療機関で検査や治療のための受診が可能であるかを問い合わせることから始めるだろう.
  • 「事前コンサルテーション」とは,海外在住の患者から医療機関に問い合わせがあった時に,患者の要望や症状,母国での検査データ,行っている治療など,患者の現在の状況を把握するための情報を収集し(1情報の収集),当該医療機関での検査・治療が可能であるかを判断し(2受け入れ可否判断),3治療方針や医療費・入院費を先方に伝える(3条件提示),一連の準備を示す(図19).
  • 事前コンサルテーションは,後々の患者-医療機関間のトラブルを防止し,双方が満足のいく結果となるためにも綿密に行う必要のある重要な準備段階である.ただし,これらの作業を各医療機関が行うのは相当な労力を必要とする.このため後述するように,煩雑な作業は外部事業者である「身元保証機関」に委託することをお勧めする.

①患者情報の収集

a.問い合わせ受付体制の整備
 まず,海外在住患者からの問い合わせをどのように受け付けるかを決めなければならない.患者は通常,医療機関のホームページを見て連絡してくるが,電話もしくはメールにより外国語で応対する担当者や部署が必要である.身元保証機関と契約していれば,この段階からその事業者に転送することにより情報収集を任せることができる.
b.情報収集
 担当部署は,問い合わせてきた患者の基本的なプロフィールや,希望・要望から医学的データなど,受診のために必要な情報を収集する.

  • 患者情報:国籍,年齢,性別,生年月日,言語,住所,連絡先
  • 主訴・要望:症状,検査・セカンドオピニオンを希望するのか,治療,手術,入院
    を希望するのか,などの要望
  • 医学的情報:診療情報提供書,検査データ(これらのデータは当該医療機関が扱わない言語で表記されている場合は,翻訳を依頼する必要がある)

②受け入れ可否判断

a.医学的な見地
 医学的判断は医師が行う必要があるため,担当者はこれらの情報を適切な科の医師に提供する.まずどの診療科に問い合わせるかを決める必要があるが,総合診療科のような部門がある医療施設では診療科の選定はスムーズである.その際,各診療科それぞれに海外からの問い合わせを担当する医師を決めておくことがより望ましい.医師が追加情報を求める場合には再度先方に情報提供を依頼する必要がある.
b.医療機関としての見地
 医学的には受け入れ可であったとしても,日程,ベッド,通訳,宗教に応じた食事,同行家族の宿泊など,医療施設の準備状況により様々な制約があり,担当者はそれぞれの部門と調整し,医療機関としての見地から受け入れの可否を判断する必要がある.

③条件提示

 医療機関として受け入れ可であると判断した場合,担当者は先方に対し,医師より得た医学的な条件と,医療費などの条件を提示する.
 医学的条件の提示には,治療や手術の方法,期待できる結果,起こり得る副作用・合併症,などが含まれる.また,その他の条件提示には,入院期間,医療費・入院費の概算,などが含まれる.これらの条件に対して患者より問い合わせがあった場合は,再度内部で検討・相談をし,回答する必要がある.

④身元保証機関の利用

 経済産業省は,外国人患者の受入れが円滑に進むように,あらゆる面において調整を行う身元保証機関の利用を推奨している.事業者の選定には外務省のホームページを参考にするとよい(https://www.mofa.go.jp/j_info/visit/visa/medical_stay2.html).
事業者は,患者からの情報を入手して適切な医療機関を探す医療マッチングの他,支払い保証,旅程の手配,同伴家族の滞在先などのサポート,通訳・翻訳,その他患者と医療機関の連絡仲介を行ってくれる.

⑤コンサルト料金・医師のインセンティブの設定

 医療機関が行う外国人受け入れ可否判断という作業自体に対価を設定することは合理的であり,持続可能性をもたらすと考えられる.医学的情報収集から条件提示に至る一連の事前コンサルテーションの料金として,例えば10万円と設定する.身元保証機関を利用する場合,患者より問い合わせがあった時点で事業者を紹介すれば,患者は事業者を通じて他の医療機関へコンサルトすることも選択肢となる.
 情報提供書や検査データから治療可否を判断し,治療法を立案する医師に対しては,インセンティブとして1件につき2万円などと設定するとよいだろう.

文献
1)遠藤弘良.外国人患者受入れのための病院用マニュアル案.2011.
2)経済産業省.病院のための外国人患者の受入参考書.2014.

2)外国人患者の入国前支援

<事例3-2>
 海外在住の妊婦が妊娠24週時に胎児心疾患を指摘された.日本での治療を希望し,病院に連絡があった.受け入れが決まった後はどのように入国を支援したらよいか.

Answer

  • 医療滞在ビザ取得支援
    本ケースの場合,出産後における新生児の心臓手術後のフォローを考慮する必要があり,母子ともに長期にわたりわが国に滞在することが予想される.90日を超えて滞在する場合,医療滞在ビザ取得のためには,「在留資格認定証明書」の取得が必要となる※.
    ※「医療滞在ビザ」に係る外国人患者等受入れ医療機関の皆様へ(外務省) https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/medical/organizar.html
  • 来院・入院時情報支援
     医療用ビザは,本人が入院することとなる医療機関の職員または日本に居住する本人の親族を通じて,最寄りの地方入国管理局から取得する※.この際に,医療機関においては,「外国人患者に係る受入れ証明書」の作成と提出(受入れ医療機関の所在地を管轄する地方入国管理官署へ)が求められる.
    ※在留資格認定証明書交付申請(法務省)
    http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/16-1.html
    「外国人患者に係る受け入れ証明書」
    http://www.moj.go.jp/content/000064208.pdf

解説

 以下に,医療滞在ビザの申請手続きについて概要を示す.
①医療滞在ビザの発給
「一定の経済力を有する者」を対象に,日本側の身元保証機関(事前コンサルテーションの項36頁参照)による身元保証に基づいて医療滞在ビザが発給される.
②対象となる医療行為
 美容整形や,鍼灸や温泉湯治などの療養など厳密な意味での医療行為でなくても,
都道府県の許可もしくは登録を有するすべての医療機関(日本に所在するすべての病院および診療所.規模や施設如何などにかかわらない.)が指示する医療行為であれば,制度の対象となり得るとされている.
③滞在期間
 必要に応じて,90日以内,6カ月または1年とされている.滞在期間が90日を超える場合(入院が前提)は,「在留資格認定証明書」を取得し,これを提出することが求められる.
④数次有効ビザの発給
 数次にわたり治療のために訪日する場合は,数次有効ビザ(有効期間内に何回でも使えるもの)が必要になる(有効期間1年または3年).なお,数次有効ビザが発給されるのは,1回の滞在期間が90日以内の場合に限られる.数次有効のビザを申請する場合には,医師による「治療予定表」の提出が必要となるので,身元保証機関を通じて入手する.
⑤同伴者を必要とする場合

  • 外国人患者などの身の周りの世話をするため,親戚関係を問わず,必要に応じ同伴者が同行することができる.同伴者に対しては身元保証に基づき,必要に応じて外国人患者などと同じ内容のビザ(滞在期間,一次/数次)を発給できることとなって いる.
  • 同伴者は,日本において外国人患者などの身の周りの世話をするために訪日するので,収入を伴う事業を運営する,または報酬を得る活動を行うことはできない.
    a.役務提供が日本国内で行われ,その対価として給付を受けている場合は,対価を支給する機関が日本国内にあるか否か,また,日本国内で支給するか否かにかかわらず,「報酬を受ける活動」となる.
    b.同伴を希望する者のうち,侍医,看護師,専属介護者,心理カウンセラー,家事使用人(執事,秘書,料理人など)などで日本において行う活動の対価として給付を受ける場合は,その活動は報酬を受ける活動であるとみなされ原則認められない.
  • 「報酬を受ける活動」に該当するか否か判断が困難な場合は,身元保証機関が大使館または総領事館に照会する.

⑥ビザ申請に必要となる書類
 日本の医療機関で治療などを受けようとする外国人患者などは,登録された身元保証機関に医療滞在の調整を依頼し,同身元保証機関が患者および本邦医療機関と連携しつつ,必要書類を準備する.これを受けて,現地の外国人患者などが在外公館に対して査証申請を行う.ビザ申請時に必要となる提出書類は,表4のとおり.なお,5および6については,申請人の国籍によって異なるため,ビザを申請する予定の大使館または総領事館に確認する.