(3)各種説明書類の見本

<事例 4 >
日本の大学院に通う海外からの留学生が突然の腹痛と性器出血を認め病院を受 診,異所性妊娠のため手術が必要な状況である.
①手術や輸血の説明書,同意書はどのように作成したらよいか?
②未成年の場合の同意はどのようにとる必要があるか?

Answer

①手術や処置の際には,十分な説明ののちに同意を得る必要がある.そのため,患者 の母国語ないしは理解可能な言語による医療通訳を介した説明と,それらの言語に 翻訳された対応文書が必要である.また,外国人患者の中には,日本語を話すこと ができても,読み書き,もしくは専門的な用語の理解が困難な患者もいる.したがっ て,まず外国人患者に日本語およびそれ以外の言語の説明書・同意書があることを 説明し,患者の希望する言語の文書を使用する.
②外国人患者が未成年者の場合には,有効な代理権を有する者を代理意思決定者とし, そのものが契約当事者となっていることを確認するために,母国法を確認した上で, 契約締結権限を有することを示す資料の呈示を求めることが望ましい.
 なお,訪日外国人を診察する際には,診療契約書もしくは相当の内容を含む診療申込書を作成することを検討するとよい.

<事例 5 >
 妊娠 16 週に日本を旅行中の外国人妊婦が性器出血のため受診し,切迫流産と診 断された.2 日後に東京に移動する予定があり,東京で何かあった時に病院を受診 する際の紹介状を作成してほしいとの依頼を受けた.どのような診断書を作成した らよいか?

Answer

 基本的に,訪日外国人であっても,日本の病院から日本の病院へ紹介するのであれ ば,在留外国人ないしは日本人と同様に,日本語での診療情報提供書を作成する.た だし,母国へ帰国時のための診療情報提供書の場合,翻訳されたものが望ましく,ま た治療経過や要約,各種検査データなど,今後の治療となる必要となる書類も一緒に 用意するとよい.また,翻訳日数を要する場合など,外国語で対応できない場合には, 日本語での交付であると伝える(「外国人患者の受け入れのための医療機関向けマニュ アル」).
 訪日外国人の増加に伴い,外国人患者受け入れ医療機関の認証・推奨制度が整備さ れている.現在,医療機関における外国人患者環境整備推進事業,外国人患者受け入 れ医療機関認証制度(JMIP),観光やビジネス目的の訪日外国人旅行者受入医療機関リスト,もしくは医療目的の訪日外国人向けのジャパンインターナショナルホスピタ ルズ(JIH)などの制度がある.また東京都医療機関・薬局案内サービス(ひまわり・t- 薬局いんふぉ),大阪府医療機関情報システム,あいち医療通訳システムなど,地域 でも医療機関リストや検索サービスのウェブサイトがあり,これらを案内することも 考慮に入れるとよい.

<事例 6 >
日本のクリニックで妊婦健診を受けている海外からの留学生が,妊娠 32 週ごろ 出産のため帰国したいとのことにて,飛行機の搭乗許可証と紹介状の発行を希望し ている.
①搭乗許可証を発行する際の注意点や妊婦に説明すべきことは?
②搭乗許可証に記載するべき内容は?
③母国の病院あての紹介状に記載するべき内容は?

Answer

①アメリカ産婦人科学会(ACOG)のガイドライン(2010)では,適切に気圧調整された 機内では,妊娠への有害な影響はなく,合併症や産科合併症がなければ 36 週まで 安全に飛行できるとされている.ただし,各航空会社で搭乗証明書の必要な週数や 記載事項が異なるため(表 7),各航空会社指定の所定の書式を,各航空会社のホー ムページからダウンロードするなど,事前の確認が必要である.
②比較的高い頻度で記載が求められる情報は,いつでも記載できるように準備してお くことが推奨される.また,母子健康手帳(Maternal and Child Health Handbook) には,健診日・週数・血圧・尿検査・子宮底長などに加え,感染症や血液型など一 部の血液検査も記載されるため,母子健康手帳外国語併記版を母国の病院に持参し てもらえば最低限の情報は伝えることができる.現在,外国語 / 日本語併記母子健 康手帳は英語,中国語,韓国語,タイ語,タガログ語,ポルトガル語,インドネシ ア語,スペイン語,ベトナム語の 9 カ国語が刊行されている.
③母国の病院あての紹介状には,これまでの妊婦健診の経緯が分かるよう作成が必要である.各種検査データなどを含め,日本語と翻訳言語でわたすことが望ましい.日本語は,日本の医療従事者としての記録のため,また翻訳言語は現地でのスムーズな治療・妊婦健診の継続のためである.しかしながら,翻訳に日数を要する場合など対応が難しい場合は,日本語での診療情報提供書となる旨を患者に説明する.さらに,帰国後の医療環境は,必要な薬が手に入るのか,継続治療が可能な医療施設があるかなども事前に考慮が必要である.

<事例 7 >
日本の病院にて出産した海外からの留学生が,居住地の役所に提出する出生証明 書の他,大使館に提出する証明書の発行を希望している.
①英文出生証明書の見本は?
②大使館からは英文出生証明書に父親と児の名前を記載してほしいと言われたが,日本の出生証明書では当人(父親もしくは母親)が記載する項目であり,病院では 証明できない.当人はどのような手続きを行ったらよいか?

Answer

 医師や助産師が記入する出生証明書の項目は,母と子の氏名および出生の状況(日 時や場所など)である.一方,父や母が記入する出生届には,子と父と母の名前が含 まれる.そこで,母,父,子の名前など出生に関する証明書が必要な場合には,出生 届の受理証明書または出生届書の記載事項証明書を,届出をした市区町村の窓口で請 求する(法務省 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji 15 .html#name 1).
 なお,日本において外国籍の夫婦・カップル間で生まれた児は,日本国籍は与えら れず,両親のどちらかもしくは両方の国籍を取得する.また,出生後 60 日の間は在 留資格を有することなく住民登録されるが,それ以降日本に滞在する場合は在留資格 の取得が必要である.そこで,以下の手続きを行う.
①出生届(Birth Certificate)の提出(日本政府への報告)
外国人に戸籍はないが,日本国内で出産や死亡した場合は,戸籍法の適用を受け,所在地の市区町村の戸籍届窓口に届け出が必要である.

  • 届出先機関:出生した子の本籍地,もしくは届出人の住民票のある,または出生地の市区町村役場.
  • 必要書類:出生届書・出生証明書,届出人の印鑑,母子健康手帳,国民健康保険証
    (health insurance card,加入者のみ)
  • 届出期日:出生の日から 14 日以内

②在留資格取得許可の申請(在留資格認定証明書:Certificate of Eligibility)
 もし出生後 61 日目を経過して在留資格を取得しなかった場合,国民健康保険や児 童手当などの各種行政サービスが受けられなくなる場合があるため,留意が必要である.

  • 届出先機関:住居地を管轄する入国管理局(Regional Immigration Office/Bureau)
  • 必要書類:在留資格取得許可申請書(Application for Permission to Acquire Status
    of Residence),出生したことを証する書類(出生届受理証明書:Certificate of Acceptance of Birth Report),
    日本での活動内容や申請する在留資 格に応じた資料(住民票や両親(扶養者)の住民税課税証明書,納税証明書など)など
  • 届出期日:出生から 30 日以内(中長期在留者の場合)

③本国政府への報告

  • 届出先機関:出生時に日本にある大使館 / 領事館
  • 必要書類:基本的には,市区町村役場で発行される出生届記載事項証明書,もしくは出生届受理証明書が出生の証明として必要な書類である.ただし,国によって必 要書類や,翻訳や公証(公印確認・アポスティーユ)の必要など手続き方法が変わる ため,大使館 / 領事館に確認が必要である.

*(参考)英語で説明する時に…

  1. Registration of the birth of your baby to the regional office within 14 days from your child’s birth. You need the requirements below: Birth Report and Birth Certificate, Maternal and Child Health Handbook, Health Insurance Card, and your name stamp if you have.
  2. Application for acquiring status of residence for your baby. Please file the application at the regional immigration bureau that has the jurisdiction over your domicile within 30 days from the date of birth if you stay in Japan longer than 60 days from the date of your child’s birth.
  3. Report the birth of your child to your country’s Embassy.

 訪日外国人では,救急疾患や整形外科が受診の多い診療科である.一方,在留外国 人患者においては,産婦人科の受診回数は多く,これからも増加が見込まれる.とい うのも,2017 年 11 月に施行された外国人技能実習制度や 2018 年 12 月に成立した入 出国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律により,外国人労働 者が拡大し,比較的若く健康な在留外国人が増加する.その結果,本人もしくはその 家族が妊娠する機会が十分に考えられるからである.また,訪日外国人旅行客の分娩 も報告されている.厚生労働省による「医療機関における外国人患者の受入れに係る 実態調査」では,全国の地域周産期母子医療センター,総合周産期母子医療センター 計 406 施設にアンケートを依頼し,うち 318 センター(78.3%)から回答を得ている. 2017 年 4 月からの 1 年間で外国人旅行客が,「妊娠 12 週以降に分娩に至った妊婦が いた」と回答したのは 236 施設,96,075 人とされる.また訪日外国人に特化すると, 分娩 84 例,流産 3 例,異所性妊娠手術 10 例と報告されていた.無回答や把握できて いない施設,さらにこの調査対象でない周産期センター以外の受診を含めると,より 多くの数が見込まれる.
 このような現状の中,産婦人科疾患は救急での来院もしくは急変の可能性も高く, 流産や異所性妊娠,緊急帝王切開など緊急の処置などの翻訳文書の用意をしておく ことが望ましいと考えられる.産科に関する説明書の例を提示する(図 32,33 医会HP 内の「研修ノート No104」に掲載).

1 )説明と同意のための注意点(表 8)

 手術や処置の際に十分な説明ののちに同意を得るため,患者の母国語ないしは理解可能な言語の医療通訳を介した口頭での説明と,それらの言語に翻訳された対応する文書が必要である.また,外国人患者の中には,日本語を話すことができても,読み書き,もしくは専門的な用語の理解が困難な患者もいる.したがって,まず外国人患者に日本語およびそれ以外の言語の説明書・同意書があることを説明し,患者の希望する言語の文書を使用する.
 また,インフォームド・コンセントは,患者の疾患・治療への理解だけでなく,医療紛争や医療裁判の回避も期待される.さらに,患者個人の症状は様々で,説明・同意書など定型の文面で対応しきれない部分は,カルテへの記載が重要である.このようなリスクマネジメントの視点からも,国籍・人種を問わず十分に説明を行い,同意を得ることが不可欠である.

2 )翻訳文書の作成・整備の際の注意事項

 院内のすべての文書の多言語化を進めることが望ましいが,多数の診療科からなる 総合病院などでは,文書数は膨大で現実的でない.そこで,使用頻度の高い文書,も しくは全科に共通する文書などから,あらかじめ翻訳文書を準備しておくのが望まし い.例えば CT 検査,MRI 検査,造影検査,輸血,特定生物由来製品,麻酔などの 説明書と同意書や,診療申込書,入院申込書,入院のしおり,診断書などが挙げられ る(図 34,35 医会 HP 内の「研修ノート No 104」に掲載).各病院が作成した日本 語の説明書・同意書の翻訳を行う際,厚生労働省が提供する「外国人向け多言語説明 資料 一覧」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000056789.html)を 参考にしていただくとよい.英語・中国語・韓国語・ポルトガル語・スペイン語で作 成されている.
 翻訳文書は,日本語と翻訳言語の両方を併記した文書を用意して説明することが望 まれる.併記が難しい場合は,日本語の文書との対応(文書名や版・作成日など)につ いて記載する.内容は,日本語で作成したオリジナル版を外国語に訳したものとし, 特に外国人患者向けに新たに項目を追加せず,原文体裁を尊重し,段落やインデント なども原文どおりとすることで,品質管理を行うことができる.また,翻訳では細か いニュアンスなどで齟齬が生じる可能性があることから,「解釈が分かれる場合は, 日本語版を優先する」などの文言を明記したり,明確・端的・強調した表現を使うこ となどに心がけることなどが,紛争防止につながる(平成 22 年度医療サービス国際化 推進事業 報告書(インバウンド編).

3 )医療通訳の利用の促進と同意書

 医療通訳は個人情報保護が必要で,また医学・医療に関する専門知識が必要のため, 家族や知人による通訳ではなく,第 3 者かつ専門の通訳者が望ましい.そこで,医療 通訳の利用について情報提供を行い,また医療通訳に利用に関する同意書,および医 療通訳を利用しない免責に関する同意書などを取得する.これらの同意書は通訳を介 する前に取得するため,多言語で医療通訳に関する文書を用意し,また日本語の文書 でも漢字にルビを振ることで,外国人患者の理解を助けることが期待される.

4 )診療申込書・診療契約書についての検討

 日本では,診療に関して契約をするという概念は乏しい.これは,国民皆保険制度 のもと,被保険者は保険証を医療機関に呈示して診療の意思を示し,特別な意思表示 のない限り,保険診療内での診療を求めたものという合意が推定されるためである. しかし,訪日外国人患者の場合には基本的に自費診療であること,診療内容は当事者 間の合意に基づくこと,治療費の支払いなどの紛争も予想されることなどから,今後 診療契約書作成について検討する必要性は高いと考えられる.

①日本人と同様の診療申込書への追記項目

a.本人確認
 日本の公的保険をもたない外国人患者について,パスポートや在留カードなどの呈示を求めて,本人確認を行うことが望ましい.また,外国人患者が未成年者の場合には,有効な代理権を有する者が契約当事者となっていることを確認するために,母国法を確認した上で,契約締結権限を有することを示す資料の呈示を求める必要がある(平成 22 年度医療サービス国際化推進事業 報告書(インバウンド編).

b.住所・国籍・連絡先
 日本国内の滞在先はホテルなども多く,母国での住所や緊急連絡先を明確にしてお くとよい.

c.言語
 母国語,母国語以外に使用可能な言語について記載をする.また,日本語について も,流暢に話し理解可能,日常会話程度,話せない,など細かく記載しておくと,医 療通訳がいない場面で有用である.

d.宗教や文化的背景への配慮
 入院・加療・食事内容について,宗教あるいは信条上,配慮すべき点について確認 が必要である.これは,外国人に限らず,日本人についても考慮すべき点である.ま た,お互いに母国では当然と思っていることが文化的・社会的に異なることは,十分 あり得る.例えば,イスラム教の患者におけるハラル食や女性医師による診察・処置, またラマダンへの理解などは,最近周知されつつある.しかしながら,すべての宗教や文化の知識をもつことは難しく,またおなじ宗教であっても宗派による差異もある.
 そこで,記載の有無にかかわらず,処置の前などそのつど説明をし,医療従事者側 から患者に宗教や文化的な要望があるかの聴取を行い,コミュニケーションをもつこ とが肝要である.また,例えば夜間や緊急時の女性医師の配置など,院内で対応不可 能な場合は,その旨を説明し,その上で診察や治療を希望するか本人の意思を確認する必要がある.

e.保険の種類
 日本の公的保険に加入のない場合,海外で加入している保険や利用する保険を記載する.

②診療契約書作成時に検討する項目

a.診療契約の内容の特定
 医療機関の提供する具体的医療行為の内容について,保険診療という枠がないため, 契約当事者間で誤解がないように,具体的に記載する.
b.治療費・支払い方法・遅延損害金など
c.副作用・合併症が生じた場合の対応
d.裁判管轄・準拠法の明示
 日本国内における外国人との医療紛争に関しては,日本の裁判管轄とすること,また日本法の適用により紛争解決が図られることを明記しておいた方が望ましい.

5 )その他

 日本のシステムへの理解を促進できるよう情報提供を行い,相互のコミュニケー ションをとることが重要である.例えば,国民皆保険制度や診療報酬制度,フリーア クセスではあるが特定機能病院など様々な病院類型があること,産婦人科特有のもの としては出産育児一時金制度などが挙げられる.
 また,文書の翻訳は,説明・同意書だけに限らず,入院手続き・各種手続き,入院 生活の案内,検査方法,薬袋,請求書や日常会話の言語ツールなど,日々のケアにあ たる看護師など医療スタッフにとって必要不可欠な文書も考慮すべきである.院内表 示や院内案内図などの多言語化,コミュニケーションツール(指差し会話集など)など を含め,医療スタッフ全員で,外国人患者の受け入れのための整備を検討していくと よいであろう.