3.ヘパリン療法の使用について
(1)不育症recurrent pregnancy loss
○「妊娠は成立するが流産や早産を繰り返して生児が得られない状態」と定義されている(日本産科婦人科学会用語集).
○習慣流産recurrent miscarriage は3 回以上連続する流産であり不育症に含まれる.
○四大原因は,抗リン脂質抗体症候群,子宮形態異常,夫婦染色体異常,胎児染色体異常である.
○抗リン脂質抗体症候群が約10%,子宮形態異常が3 . 2%,夫婦染色体異常が5 . 6%(9 番逆位除く)を占め,半数以上が原因不明と考えられてきた.
○流産絨毛の染色体検査は保険適用されないため検査が実施されることが少ないが,この検査が実施された不育症患者482 人の原因分布では,41 %に胎児染色体数的異常を認め,胎児(胎芽)染色体が正常である真の原因不明は約25%だった.
○四大原因の他に内分泌異常(糖尿病,甲状腺機能異常,多囊胞性卵巣症候群),感染症,血栓性疾患,遺伝子多型,精神的ストレスなどの関与が報告されている.
○関連遺伝子について,一塩基多型(SNPs:Single Nucleotide Polymorphism)と不育症の関連性に関する多数の報告がある.
○習慣流産を対象とした16 遺伝子の36 SNPs をメタ解析した結果,21 SNPs に有意な関連がみられたが,それらのオッズ比は0 . 51~2 . 37 であり,原因と考えられるほど影響力の大きいものではなかった.
○危険因子は女性の年齢,喫煙も含めて多数あるが,臨床的影響の大きい“原因”と危険因子は異なる.
(2)抗リン脂質抗体症候群(APS:Antiphospholipid syndrome)について
○不育症においてヘパリン療法が有効なのはAPS だけである.
○診断基準には動静脈血栓症と以下の妊娠合併症が含まれる(表20).
① 10 週以降の子宮内胎児死亡
②妊娠高血圧腎症もしくは胎盤機能不全による34 週未満の早産
③習慣流産
○APS の診断基準にある妊娠合併症は不育症と一致していないので注意を要する.
○習慣流産よりも子宮内胎児死亡,早発型妊娠高血圧症候群との関係が強い.
○反復流産,胎児発育不全,胎盤早期剝離,羊水過少,血小板減少症などに抗リン脂
質抗体陽性が疑われる.子宮局所の血栓性素因と血管障害による疾患と考えられる.
○全身性エリテマトーデス(SLE:Systematic lupus erythematosus)の30~40 %にAPS がみられ,続発性APS と言われる.
○SLE と混合性結合組織病(MCTD:mixed connective tissue disease)以外の自己免
疫疾患では一般女性と比較してAPS の頻度は高くない.
○国際学会は習慣流産を診断基準としているが,わが国の少子化を鑑み,2 回以上連
続する反復流産の段階で抗リン脂質抗体を測定してもよい(村島温子研究班「抗リ
ン脂質抗体症候群合併妊娠の診療ガイドライン」).
1 )抗リン脂質抗体症候群の診断・検査方法
以下の検査を行い診断する(表20,図21).
○ループスアンチコアグラント(リン脂質中和法)APTT 法
○ ループスアンチコアグラント( 希釈ラッセル蛇毒時間法)dRVVT 法(diluted
Russell’s viper venom time)
※国際血栓止血学会が推奨する方法のループスアンチコアグラントには以下のステッ
プが必要である.
① 2 種類以上の試薬(APTT,RVVT)によるスクリーニング
②混合試験
③中和試験による確認
この条件に当てはまる委託検査は,リン脂質中和法と希釈ラッセル蛇毒法である.健康保険の適用が片方しかないが,これらは別の検査であり,片方では陽性患者を取りこぼす恐れがあり両方の測定が必要である.
※ループスアンチコアグラント(LA:Lupus anticoagulant)とは血液中の凝固時間を延長させるIgG である.
○抗カルジオリピン・β 2 グリコプロテイン1 複合体抗体もしくは抗カルジオリピン抗体IgG,IgM
○抗カルジオリピン・β 2 グリコプロテイン1 複合体抗体は抗カルジオリピン抗体と同類であり,片方を行えばいい.抗カルジオリピン・β 2 グリコプロテイン1 複合体抗体は抗体結合におけるβ 2 グリコプロテイン1 依存性の違いにより梅毒などの感染症由来の抗カルジオリピン抗体を除外できるため疑陽性が少なく有用である.
○感染症などによって偽陽性となることや測定の変動もあるため,12 週間後に持続陽性を確認する.
○妊娠中は凝固因子が増加して凝固時間は短縮するため,非妊時,抗凝固療法を行っていない状態で測定する.
○健常人の99 パーセンタイルを基準値として施設ごとに基準値を設定することが推奨されている.
○結果に記載されている検査会社の基準値は産科APS のために設定されていないため,参考にならないので注意を要する.
○産科的APS においては抗カルジオリピン抗体よりもループスアンチコアグラントの方が重要である.
○ループスアンチコアグラント(リン脂質中和法),ループスアンチコアグラン(希釈ラッセル蛇毒時間法),抗カルジオリピン・β 2 グリコプロテイン1 複合体抗体3 種類の陽性患者の関係を図22 に示す.複数陽性,抗体価の高い症例は重要である.
2 )抗リン脂質抗体症候群の治療
①ヘパリン・アスピリン併用療法の処方
○低用量アスピリン(81 ㎎もしくは100㎎ / 日)
a.抗体価が高いもしくは複数陽性の時は妊娠前から妊娠36 週まで
b.抗体価が高くない時は妊娠初期から妊娠36*週まで
○未分画ヘパリン(5 , 000 iu を2 回/ 日皮下注射)自己注射
妊娠4 週から分娩前日まで
②分娩後血栓予防
○低分子量ヘパリン
a.抗体価が高いもしくは複数陽性の時は分娩後6 週間(膠原病内科によってワーファリンなどに変更)
b.抗体価が高くない時は入院期間中
* 添付文書には妊娠28 週以降の使用は禁忌とされており,使用する場合は「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(2017 年2 月一部改正)」を遵守する必要がある。
○流死産予防としてはプレドニゾロン80 ㎎ / 低用量アスピリン併用療法が最初に報告された.
○1992 年にヘパリン/ 低用量アスピリン療法の優位性が報告され,現在低用量アスピリンと未分画ヘパリンによる抗凝固療法が標準的治療法であり,生児獲得率は70~80%である.
○抗体価が強陽性もしくは複数の抗体が陽性の症例は早発型妊娠高血圧症候群,子宮内胎児発育不全,胎盤機能低下による羊水過少,子宮内胎児死亡,血小板減少症を起こしやすい.周産期センターにおいて,内科と連携して管理する必要がある.
○低分子量ヘパリン(エノキサパリン,フラグミン)の有効性は確認されていない.
○抗リン脂質抗体が流産,死産を引き起こす機序として胎盤や子宮局所の血栓症がよく知られているが,別の機序として抗リン脂質抗体が補体C3,C5 の過度な活性化によって流死産を引き起こし,未分画ヘパリンおよび低分子量ヘパリンはこれら補体の活性化を抑制することで流死産を予防することがマウスの実験で示された.
3 )ヘパリン療法の安全性
○未分画ヘパリンは胎盤通過性がないため児の出血は問題ないが,母体の副作用としては出血傾向,血小板減少,骨粗鬆症,肝機能障害が重要である.
○最も重篤な副作用としてヘパリン惹起性血小板減少症がある.
○本邦では患者の希望により,原因不明不育症に対して抗凝固療法が行われている例が散見される.有効性がないというエビデンスがあることを説明しても希望する場合は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守して,適応外使用として同意書を取得する必要がある.