3.カルテ記載

1.診療記録の法的な位置づけ

①医師法

 診療録の記載は医師法に定められた義務である.医師法 24 条1項は「医師は,診療をしたときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない」と定めている.診療録の保管については,医師法 24条2項に規定があり,5年間の保存義務が定められている.いずれについても,医師法 33条の2により違反した場合に刑事罰が科されている.

「遅滞なく」記載するのであるから,それぞれの時点での医師の認識を記載するということが,後述するような診療録の証拠としての性質に影響を及ぼしている.なお,看護記録や検査記録,画像などを含めたカルテ全体を「診療記録」と呼ぶことがある.

②個人情報保護法

 個人情報の保護に関する法律は,28条1項で「本人は,個人情報取扱事業者に対し,当該本人が識別される保有個人データの電磁的記録の提供による方法その他の個人情 報保護委員会規則で定める方法による開示を請求することができる」と定め,同条2項で,「本人又は第三者の生命,身体,財産その他の権利利益を害するおそれがある 場合」や「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ がある場合」などを例外としている.これらについては直接の刑事処罰の規定はない.

③民事訴訟法

 民事訴訟法 220条は文書提出義務を定めており,診療記録は訴訟になった際に裁判所への提出義務があるとされてきた.近年,カルテ開示の手続が一般化するとともに, 診療記録自体の提出が争われる例は少なくなった.ただ,個人情報保護法が定めるような業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合に該当するかが争われるような事例もある.また,第三者調査や peer  review(同僚評価の議事録など,後に開示するとなると自由な議論が妨げられるおそれのある文書については,民事訴訟法訟法 220条4号のニに定める自己使用文書(専ら文書の所持者の利用に供するための文書)であるとして提出を拒むことができる

2.診療記録と民事訴訟の事実認定

①診療記録の多様性と電子データ

 診療記録の中には,医師の診療録や看護師の看護記録など,医療従事者の認識や判断や行動が記録される部分もあり,血液検査結果や心電図などの客観的な計測結果が示されるものもある.患者の同意書などのように患者の認識や意思が記載される文書もある.

 記録である以上誤謬はつきものである.動かしようのない計測結果と思われているものであっても,他の患者との取違いのような誤りがあったり,転記の誤りがあったりする.医師や看護師などの記載については,記載の時点で既に誤りであるものもあり,その後の経過で客観的な事実と整合しないものもある.患者の同意書などについても,患者の認識との乖離が生じることがある

 昨今の医療現場では,電子データの利活用が進んでいる.例えば,患者の急変時の時々刻々の容態の変化が,モニターのデータとして残されていたり,アラームがいつどのように鳴っていたか,いなかったかについても電子機器のログが残されているこ とが多い.ナースコールがあった時刻もシステムの中に記録されていることがある. かつては,それぞれの機器やシステムごとに「時計」が異なり,電子データはたくさんあるが時刻のずれをどのように補正してよいか戸惑うものもあったが,最近は電子カルテの時計に合わせることが多くなり,客観的な事実認定がより容易になっている.

②医療従事者のカルテ記載の性質

 医師や看護師などの医療従事者のカルテ記載は,それぞれの立場での患者とのコ ミュニケーションや観察と認識に基づいて,仮説と検証を繰り返す模索の経過を示している.SOAPでのカルテ記載が一般化するにつれて,カルテが模索の経過の記録であり,また,医療従事者間のコミュニケーションの記録であることが,医療従事者の中でも次第に理解されるようになってきた.人の作成する記録である以上,必ず様々なバイアスは不可避であり,カルテは常に時期と立場によって相互に矛盾する記載の集合体である.

 同じ患者の経過を観察する時でも,上級医,主治医,研修医,当該科で熟練した看護師,当該科の勤務の日が浅い看護師などによって,所見のとり方から評価の仕方まで,様々に食い違うことがある.知識も経験も役割も違う集団の記載であるから,むしろ齟齬があることが正常ともいえる.さらに,退院サマリーの段階になっても,上級医の認識と大きく乖離した記載がなされることさえあり,忙しい医療チーム内のコミュニケーションの難しさを浮き彫りにする.

 ただ,所見の記録には,どう対処したかの行動の記録が連動していることが望ましい.重大な症状の所見が書きっぱなしになっていることは,後から振り返ってカルテを読む時に「放置した」との評価につながるおそれがある.所見の記載が正しければ行動の記録が後に続き,所見の記載が誤りであれば,より熟練した医療従事者の記載で否定されるはずであり,それが医療チームの行動の適切な記録であろう.

 患者の容態の想定外の急変が起こったような事例では,急変前には正常化バイアスが働いて過度に楽観的な記載が混在する.急変後には後知恵バイアスが働いて「最初から分かっていたかのような」記載が混在する.

③民事訴訟の事実認定とカルテ記載

 民事訴訟の事実認定において,診療記録の情報全体が重要な証拠となり,医師や看護師などの時々刻々の認識がカルテ記載を証拠として認定されていく.ただ,個々の記載について書いておけば有利,書かないと負ける,というような浅薄な認識で隙のないカルテ記載を作ろうとして破綻を来す例が稀にみられるのは,極めて残念なことである.

 診療記録は,客観的情報を前提とした医療チーム(患者を含む)内のコミュニケー ションの記録である.よい医療チームは,模索の過程も含めて,真実を指し示すよい記録を残す