3.災害ストレスと疾患
1 )災害ストレスと疾患
東日本大震災後(2011年)の心不全増加が報告されており,震災ストレスにより交感神経が活性化され,血圧上昇や不整脈が増加するなど,種々の要因によって心不全の発症および急性増悪が増えたと考えられている.また,血圧上昇に関連する脳梗塞・ 脳出血についても報告されている.たこつぼ型心筋症はストレスがその発症に関与すると考えられているが,新潟県中越地震(2004年)から災害ストレスとの関連が指摘されている.中越地震の際には,災害と深部静脈血栓症・肺塞栓症(エコノミークラ ス症候群)の関係が初めて指摘され,車中泊や水分摂取の不足などの要因に加え,災 害ストレスの関与も示唆されている.東日本大震災との関連では,さらに,出血性の 消化性潰瘍が前年の2倍増加(震災直後)し,ストレスが要因の1つとして考えられている.なお,エコノミークラス症候群やたこつぼ型心筋症は,閉経女性に多くみられる.
2)災害ストレスと婦人科疾患
災害と婦人科疾患について,腟炎・外陰炎,骨盤内感染症(子宮附属器炎,骨盤腹膜炎),月経異常(月経不順,続発無月経)などが指摘されているものの,循環器疾患と比べて,災害ストレスと婦人科疾患を指摘する報告は少ない.阪神・淡路大震災(1995年)の被災大学を対象としたメンタルヘルスに関する調査では,男性は震災からの回復が早いが,女性は身体症状,精神症状ともにその影響が長期化しやすい傾向 が指摘されている.同調査では震災の被害にあった女性は被害の無かった女性と比べ, 10%程度,月経不順を訴える割合が多かった.東日本大震災後(6~11カ月)の調査では, 月経不順・月経痛の全国有訴者率42.2に対し,被災地では147.5(95%信頼区間 85.4-209.5)と著しく高い値を示した.さらに東日本大震災後の閉経女性を対象とした不正性器出血の調査では,宮城県全体では変化は認められなかったが,被災地域において, 震災の年に不正性器出血の増加が確認されている.
子宮内膜にはコルチゾールの受容体であるGRや11βHSDが発現していることが報告されており(図34),子宮はストレスに際し,強く影響を受ける臓器であると考 えられる.子宮内膜において11βHSD 1とGRの発現は同調するように変動し,増殖期中期頃から分泌期の間,低値で推移する.一方,コルチゾールを不活性化する 11βHSD 2の発現は,これらの推移に反して,分泌期に高値を示す.これらのことから, ストレスによってコルチゾールの分泌量に変化が来たされると,子宮内膜局所のコル チゾール作用がかく乱され,正常の機能に直接,影響が及ぼされると示唆される.実際,子宮内膜癌では正常内膜と比較して 11βHSD 2 の発現が低くなっており,さらに G1・G2よりもG3の症例でより低値である.コルチゾールの不活性化機構の低下が,疾患につながるのではと考えられる.
以上,災害サイクルと婦人科疾患において,発災後から慢性期にかけてストレスや環境変化に伴う婦人科内分泌疾患の継続的な対応が求められる.